委員会記録・調査報告等

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文教厚生委員会記録
 
平成29年 第 1定例会

1
 



開会の日時

年月日平成29年2月20日 曜日
開会午後 2 時 0
散会午後 4 時 5

場所


第2委員会室


議題


1 教育及び学術文化について(沖縄県公立学校教員候補者選考試験等について)


出席委員

委 員 長  狩 俣 信 子 さん
副委員長  西 銘 純 恵 さん
委  員  新 垣   新 君
委  員  末 松 文 信 君
委  員  照 屋 守 之 君
委  員  次呂久 成 崇 君
委  員  亀 濱 玲 子 さん
委  員  比 嘉 京 子 さん
委  員  平 良 昭 一 君
委  員  瑞慶覧   功 君
委  員  金 城 泰 邦 君


欠席委員

なし


説明のため出席した者の職・氏名

 (参考人)
 沖縄県前副知事  安慶田 光 男 君
 (補助者) 
 弁  護  士  川 崎 幸 治 君



○狩俣信子委員長 ただいまから、文教厚生委員会を開会いたします。
 休憩いたします。

   (休憩中に、要領については2月15日に各会派の代表で協議した別紙案のとおりでよいか確認がなされた。)

○狩俣信子委員長 再開いたします。
 参考人招致における質疑の要領については、休憩中に御協議いたしましたとおり決することとしたいと存じますが、これに御異議ありませんか。

   (「異議なし」と呼ぶ者あり)

○狩俣信子委員長 御異議なしと認めます。
 よって、さよう決定いたしました。
 休憩いたします。

   (休憩中に、参考人等の入室)

○狩俣信子委員長 再開いたします。
 参考人からの意見聴取についてを議題といたします。
 本日は、参考人として、前沖縄県副知事安慶田光男氏の出席をお願いしております。
 参考人からの意見聴取を行います。
 参考人からの意見聴取については、去る2月8日の本委員会での決定に基づき、参考人等から説明を求めるものであります。
 お手元にあります配席図をごらんください。
 安慶田光男参考人から川崎幸治氏を、補助者として出席させ、必要に応じて発言させたいとの申し出がありますので、委員長として同席を許可したことを御報告いたします。
 参考人及び補助者の皆様、本日は御多忙のところ御出席いただきましてまことにありがとうございます。
 参考人から説明を求める前に、委員会の審査の進め方について御説明申し上げます。
 まず、参考人から御説明をいただいた後、委員から参考人に対し質疑を行うことにしております。
 なお、参考人が発言しようとするときは、あらかじめ委員長の許可を得なければならず、発言は、議題の趣旨の範囲内で行うこととなっております。
 また、本日は委員会が参考人の説明を聞く場でありますので、参考人が委員に対して質疑することはできませんので、御承知おきください。
 それではまず初めに、安慶田光男参考人から、本委員会所管事務調査事項教育及び学術文化についてに係る沖縄県公立学校教員候補者選考試験等について、御説明をお願いいたします。

○安慶田光男参考人 委員の皆様、委員会対応御苦労さまでございます。
 このたび、私に意見を述べさせていただける機会をつくっていただきまして、ありがとうございます。
 早速、意見を申し上げます。
 教員採用試験及び教育庁幹部人事に関し、私が不当に関与したと疑われている件について、私の意見を述べさせていただきます。
 まず、諸見里前教育長が作成した1月20日付文書にあります採用試験の依頼について御説明させていただきます。
 本件文書には前教育長が2015年の8月ごろ、当時副知事であった私から呼び出されて教員の一次採用試験を通過した方3名の受験番号、教科と氏名が記載されたメモを渡された上で私から「よろしくお願い。無理しなくてもいいと言われた」とあります。採用試験についての私の認識を申し上げますと、教員採用試験システム上、受験番号及び受験者名を伏せて受験者を特定できないものとなっておりますので、採用依頼はできないものと認識いたしております。また、本件教員採用の依頼の問題になった後の報道によれば、受験者は両試験とも受験番号のみを記載し、氏名は記載しないことになっており、採点の際に受験者を特定できないようになっており、最終的に受験者が匿名の状態で両試験の点数合計のみをもって選考委員会で合否を決定することになっているということですから、やはり実際にも教員採用試験のシステム上、特定の受験者の採用を依頼することはできないようになっております。このように私は教員採用試験のプロセスを匿名で外部から操作できないようになっており、前教育長に採用試験の依頼をしたところで特定の受験者を採用するなどできないものと認識しておりましたので、採用試験において依頼をしたことは一切ございません。また特定の受験者を合格するよう依頼されたこともありませんでしたので、採用試験において依頼する動機や必要性もないことから採用試験において依頼をしたことは一切ございません。また同じ年の10月末ごろに私が前教育長に電話をし、学校事務職員の採用試験に関して一次合格者1名の受験番号と名前を告げた後よろしく頼むと言われたとも書いてあります。学校事務職員についても、学校事務職員の採用が教育委員会ではなく、人事委員会の所管であることはよく承知しております。したがって、諸見里前教育長に依頼するはずがなく、本件文書の内容自体が不合理であることが明らかなことからわかるように、私は学校事務職員について採用試験においての依頼をしたことは一切ございません。
 次に、人事異動について御説明させていただきます。
 本件文書には、私が前教育長を誘導し、教育庁幹部Cの異動先を具体的に指示し、拒絶されると激しく恫喝した。あるいは、小学校校長Dについても異動先を具体的に示して迫り、また指示し、断るとやはり激しく恫喝したとあります。しかしながら、私が教育庁の内部人事を指示し、受け入れられないと激しく恫喝したなどという事実は一切ございません。私は指示というのは決裁権を有するものについて言えることだと認識しております。教育庁幹部の人事は、教育長の独断で決まるものではなく、教育委員会の会議の承認を得て決まるものであり、教育長に指示あるいは恫喝することに何の意味もないことだと思っております。もちろん、人事についての意見交換や話し合い、状況報告等は一般的に行われていることですので、私もその限りで人事にかかわったことはありました。前教育長の在任中、副知事であった当時の私のところには議員、教育庁幹部、現場の校長や教員のOB及び県職員のOBなどから教育長にかかわる人事について推薦、要望や意見が持ち込まれていることがありましたので、これについて意見を交換することはありました。本件文書にある小学校D校長を義務教育課長か那覇教育事務所長に登用するようにという話についても推薦があったため、意見交換として前教育長にその旨伝えたものにすぎず、指示した事実はありません。また恫喝について、私はこのように声も大きく、細やかな表現が得意なタイプではございませんので、職員とのやりとりにおいてもすごく怒っているように聞こえて怖いとの指摘を何度も受けたことがありましたので、私は普通に話しているつもりでも、もしかしたら相手を怖がらせてしまったことがあったかもしれません。しかし、教育庁内の人事について教育長に指示をし、これを聞かなかった際に恫喝をするなどということは絶対にありません。
 以上が、本件文書に記載されておりますことに関する私の意見でございます。
 次に、私が副知事を辞職した理由について御説明させていただきます。
 一部報道によりますと、私が副知事を辞職したことと本件文書が公表されたことが関連しているようなことが言われておりますが、この報道内容は正しいものではありません。前教育長の説明によれば、前教育長は1月22日の午前中、教育庁職員に本件文書を提出し、そして知事及び平敷教育長の説明によれば、知事が平敷教育長から本件に関する書面があるようだと報告を受けたのは、同日の午前中とのことで、この時期において知事は本件文書の存在について具体的な説明を受けていなかったとのことです。私が知事に直接お会いして辞意を表明したのは、22日の午後2時ごろで、その際知事から本件に関する書面があると説明も受けておりませんでしたし、本件文書の存在については一切知らされておりませんでした。私が辞意を表明した翌24日、琉球新報記者の金良氏が私の自宅の前に来て、本件文書に記載されている教職員採用依頼の件及び人事介入について事実ですかという趣旨のことを聞かされて初めて本件文書の存在を知った次第です。
 以上のとおりですので、私が辞職したことと本件の文書が公表されたことは一切関係がございません。
 また、一部報道によれば、本件文書に記載されている教職員採用依頼の件及び人事介入について事実でないならば私が辞職する必要はなかったはずであり、辞職したということは事実を認めたに等しいというようなことも言われておりますが、私は辞意を表明する前後を通じて一貫して教員採用試験の口ききについてはこれを否定しているものでありますから、かような論評はまことに遺憾というほかありません。なお、先ほど御説明しましたが、本件文書に記載されております小学校校長Dにつきましては、私に義務教育課長か那覇教育事務所長に登用してほしいとの要望があったことを前教育長に伝えたことはあります。こういった人事異動に関する意見の伝達は後から考えれば軽率だったと思いますが、これをもって副知事の職を辞すべきような行為であるとは考えられず、私の辞職とは何ら関係がありません。当時、沖縄県のみならず、全国の新聞、テレビ等のマスコミが、私が教職員採用試験につき不当に口ききをしたことを前提とする内容の報道をしたため、知事はこの件の対応に追われ、通常業務もままならない状態であり、私が事実を否定すればするほど騒動は終息するどころかさらに大きく報道され、終わりの見えない状況になっていました。そのため、一連の騒動を終息させ、県政の安定を取り戻すには速やかに職を辞するほかないと考え副知事を辞任したのであり、教員採用に関する口ききの事実を認めたからということでは決してありません。
 次に、告訴をした理由について御説明させていただきます。
 私は副知事を辞任すれば騒動は終息するものと考えておりましたが、辞職した翌24日に本件文書についての報道がされたことで、マスコミは終日私の自宅玄関前で張り込むなど、取材対応を一層厳しくしました。私は副知事として県政発展に微力ながら努力してきたものと自負しておりましたが、いわれのないことで私の社会的名誉が著しく侵害され、家族を含めいつまでも非難中傷の対象となることは耐えがたい苦痛でありました。事実でないことを世間に公表した前教育長はこれについて責任を負うべきでありますし、一方が存在した、一方が存在しないという中で、しかも存在したという発言についてもその内容は二転、三転しており、信用性が認められるものではなく、このような状況において捜査権限のない、あるいは事実認定のプロでもない第三者委員会のような機関がこの真相究明をすることは困難であると考え、司法の場において真実を明らかにするほかないとの結論に至り、前教育長を告訴することとした次第です。
 次に、諸見里前教育長が事実とは異なる内容の本件文書を公表した動機について、私が思うところを簡単に御説明させていただきます。
 まず第1点目は、平成25年1月ごろ、前教育長が任期2年目を終える直前に教育長の任期は4年ですが、長年の慣例により2年となっておりましたので、私は慣例に従い前教育長に対し、継続する意思があるかどうかを確認したところでありました。結局、諸見里前教育長は3年でやめることになりましたが、このことで前教育長との間に確執が生じたと推測しております。
 2点目は、本件文書が発表されたのが1月25日ですので、平成29年度の教育長人事に関することだと推測しております。つまり、前教育長がかかわらない初めての人事であり、私が人事に関して推薦や意見を述べることは前教育長にとって望ましくないことだったため、これを阻止する目的で本件文書を発表したと推測しております。この推測を裏づける記事が1月25日の沖縄タイムスに記載され、今度の人事も大変なことになりかねないと前教育長の発言が掲載されております。
 以上が、教員採用試験及び教育長人事に関して私が不当に関与したと疑われている一連の件についての私の意見でございます。

○狩俣信子委員長 参考人の説明は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 なお、質疑・答弁に当たっては、挙手により委員長の許可を得てから行い、重複することがないように簡潔にお願いいたします。
 また、質疑の持ち時間を譲渡した委員は、譲渡を受けた委員の質疑中は在席する必要がありますので、あらかじめ御了承願います。
 末松文信委員。

○末松文信委員 これまでいろいろ説明がありましたが、去る2月8日に平敷教育長から本委員会において文書が提出されまして、それの説明を受けました。そのことについて事実関係を改めて確認していきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
 これまで説明もございましたが、まず初めに採用依頼についてであります。
 前教育長は、2015年8月ごろ、安慶田前副知事から副知事室に呼ばれメモを渡されたとの記述があります。そのことについては事実ですか。

○安慶田光男参考人 そういうことはございません。

○末松文信委員 それでは前教育長がうそをついているということになりますが、あえて再度お尋ねします。メモを渡した覚えはないということですか。

○安慶田光男参考人 そのとおりでございます。

○末松文信委員 次に、同年10月ごろ安慶田前副知事から電話で学校事務職員採用の件が告げられたということが記述されておりますが、このことについては事実ですか。

○安慶田光男参考人 先ほど意見書でも述べましたように、そのことも事実ではございません。

○末松文信委員 学校事務職員の件については先ほども説明がありましたが、県人事委員会の所管だということで、それは「そうか、わかった。」という記述がありましたが、そのように言われましたか。

○安慶田光男参考人 私が先ほど申し上げましたように、私自身がもう既に学校事務に関しては人事委員会の所管だとわかっておりましたので、そういうことはございません。

○末松文信委員 次に、人事異動への介入についてお尋ねします。 
 前教育長は2015年1月ごろ、副知事に呼ばれ、教育庁幹部Cの異動先を教育指導統括監にするよう指示されたとありますが、これは事実ですか。

○安慶田光男参考人 それは事実ではございません。

○末松文信委員 その二、三日後に、再び呼び出されてCの異動先を今度は県立総合教育センター所長に統括監級として異動するよう指示されたとありますが、これについては相違ありませんか。

○安慶田光男参考人 先ほども申し上げましたように、それも事実ではありません。

○末松文信委員 前副知事みずからもおっしゃっていましたが、こういったことがかなわなかったので激しく恫喝されたということも記述されておりますが、このことについても事実ではないですか。

○安慶田光男参考人 先ほど意見書でも述べましたが、恫喝したという事実はございません。

○末松文信委員 同じ時期に小学校の校長Dを義務教育課長か那覇教育事務所長に異動するよう指示されたと記述されておりますが、いかがですか。

○安慶田光男参考人 そのことについては先ほども意見書で述べましたが、数名の方々から推薦がございましたので、そういう方は推薦がありますということで教育長にお伝えしたことは事実であります。

○末松文信委員 これは指示ではなかったのですか。

○安慶田光男参考人 指示ではありません。先ほど申し上げましたが、私の認識では指示というのは決裁権があるところで指示ができるということで考えておりましたので、指示ではなく、人事に対する話し合い、そして意見の交換だという考えでありました。

○末松文信委員 1月ごろ、前年度の同小学校校長のDを同じく義務教育課長か那覇教育事務所長に異動するよう指示があったということで、この文書からすると再度やっていますが、いかがですか。

○安慶田光男参考人 それは前年度の平成26年度でお願いしましたが、結果できなかったものですから、またその1年間―私に推薦してきた方からまた同じような推薦がございましたので、教育長に平成27年度にもこういうことがありますとお話をしました。

○末松文信委員 いみじくも、今、お願いをしたということですが、これは間違いですか。

○安慶田光男参考人 先ほど言いましたが、こういう話し合いをしたということで訂正をさせていただきますが、こういう推薦があるということで、話し合いでそれを伝えたということであります。

○末松文信委員 この件につきましても懸案事項であっただけに、固辞されたということで厳しい恫喝があったとも記述されておりますが、これについてはいかがですか。

○安慶田光男参考人 先ほどから申し上げておりますように、教育庁幹部の人事というものは教育長個人で決まるものでもありませんし、教育委員会の合議によって決まるものですから、恫喝するようなことはありません。

○末松文信委員 そこで本件につきまして、前教育長あるいは現教育長と直接話し合いをしたことはございますか。

○狩俣信子委員長 休憩いたします。

   (休憩中に、安慶田参考人から質疑の趣旨について確認したいとの申し出があった。)

○狩俣信子委員長 再開いたします。
 安慶田光男参考人。

○安慶田光男参考人 今の質疑をもう一度確認しますが、この件に関して私が前教育長か現教育長にその件についての事実関係で話し合ったことがあるかということですが、それはございません。

○末松文信委員 報道によりますと、翁長知事は大変ゆゆしき事態だとおっしゃっておられました。その後、その対応について副知事は直接知事と何か調整したことはございませんか。

○狩俣信子委員長 休憩いたします。

   (休憩中に、質疑の趣旨の確認が行われた。)

○狩俣信子委員長 再開いたします。
 安慶田光男参考人。

○安慶田光男参考人 私は副知事をやめてから一度も知事とお会いしておりません。

○末松文信委員 しかしながら、副知事も副知事という立場を辞するに当たり、知事と何の調整もせずに辞職するということは大変ゆゆしき事態だと私も思いますが、いかがですか。

○安慶田光男参考人 私が質疑するわけにもいきませんので、休憩をお願いできますか。

○狩俣信子委員長 休憩いたします。

   (休憩中に、質疑の趣旨の確認が行われた。)

○狩俣信子委員長 再開いたします。
 末松文信委員。

○末松文信委員 質疑を変えますが、副知事が辞職される前に知事に相談されましたか。

○安慶田光男参考人 先ほども意見書で申し上げましたように、私は正直に申し上げまして、21日の午後に私の弁護士を通じて知事には辞意を表明しました。21日の夕方6時過ぎです。そして、知事から電話がありまして、22日の2時には知事と直接会ってそういう話はいたしました。

○末松文信委員 それでは、諸見里前教育長は文書の中でもうそ偽りはないとかたく申し上げますと言っておりますが、これを否定されるわけですか。

○安慶田光男参考人 一部、D校長先生につきましてはそのとおりの部分もありますが、今、私が申し上げたいことは、どれについて、文書全部ということなのかどうかというところがわかりませんので、もう一度説明していただけますか。

○狩俣信子委員長 休憩いたします。

   (休憩中に、委員長から委員に対し、わかりやすい質疑を行うよう求めた。)

○狩俣信子委員長 再開いたします。
 安慶田光男参考人。

○安慶田光男参考人 その文書の中には事実でないことも書かれております。

○末松文信委員 今までの説明ですと、この文書を否定しているわけです。ですから、この文書は全然間違っているということですかと聞いています。

○狩俣信子委員長 休憩いたします。

   (休憩中に、質疑の趣旨の確認が行われた。)

○狩俣信子委員長 再開いたします。
 末松文信委員。

○末松文信委員 それでは、平敷教育長も本件に関する調査で、採用依頼については5人中2人が認めています。そして人事介入についても5人中4人がその記述を裏づけるような証言があったということを確認して、平敷教育長は安慶田前副知事の働きかけがあったと考えざるを得ないと、こういう結論になっています。これはいかがですか。

○安慶田光男参考人 私はどういう調査をされたのかわかりませんが、その調査の結果の議事録を見ますと、いずれにしても直接私と会って話をした、あるいはメモをもらったというのは諸見里前教育長1人であります。それは全部後は諸見里前教育長から聞いた話ということでありまして、そこら辺で真実がどこにあるかということを確かめないといけないので、今、提訴しているということであります。

○末松文信委員 これまでの経過からしますと、前任の教育長関係の裏づけの証言があります。それと、現教育委員会の調査でも、今申し上げましたように口きき、強要が証明されたとなっております。そういったことは動かせない事実であると思っておりますが、これは認めないわけですか。

○安慶田光男参考人 私はそれが事実であるかないかは裁判所でやりたいということで、提訴しているところであります。

○末松文信委員 委員長によろしくお願いしたいと思いますが、お聞きのように、前副知事と前教育長の言い分がこれだけ異なっております。そういったことで両方の意見の食い違いが大き過ぎるので、本委員会としては参考人質疑では限界があると思っております。そういった意味で百条委員会を委員長から求めて、速やかに真相が究明できるように取り計らっていただきたいと要望しておきます。

○狩俣信子委員長 それは議会の中で決めていくことですから、各派代表や議会運営員会などで諮っていくものだと思っております。この場ではできません。

○末松文信委員 委員長からも取り計らっていただきたいと思います。

○狩俣信子委員長 このような意見が出たということは聞いておきます。
 照屋守之委員。

○照屋守之委員 初めに、今回の県教育委員会の人事の件で安慶田副知事がおやめになられたのは、1つ目は県民に対する説明責任の放棄だと思っております。2つ目は、副知事としての職務の責任放棄であると考えていまして、安慶田前副知事の無責任さとこれは任命した翁長知事の重大な責任であると考えています。とりわけ、知事については前教育長から新たな事実が報告されたにもかかわらず、それは精査した上で本来は安慶田前副知事に現職の立場できちんと説明させる、あるいはまた同時に副知事の職務の重要性を認識させることが県知事としてやるべきであったと考えておりますが、それにもかかわらず安慶田前副知事の辞職を認めてしまったわけですよね。この翁長知事の誤った判断によって沖縄県政は基地問題や人事・予算に関する責任を持つ副知事が不在になり、県政は今混乱しております。県職員の戸惑いや不信、あるいは県民や国政からも大きな不信感が漂っています。このことは県政至上最悪の状態ではないのかと考えていますが、そのことを申し上げて、なぜ説明責任を放棄しておやめになられたのか、御説明をお願いできませんか。

○安慶田光男参考人 やめた理由は先ほど申し上げましたとおりでありまして、説明責任を放棄したとは思っておりません。きょうも文教厚生委員会に呼ばれましたが、説明責任があると感じまして、きょうの説明にまいりました。

○照屋守之委員 そこは副知事の立場で説明をするのがやはり責任ですよね。これは放棄しているのです。先ほど、御自身から説明がありましたように、あのような内容であればやめる必要はないわけです。きちんと県民にも、マスコミに対してもあのような説明をすればそれは多少それぞれの立場の違いがあっても理解ができたはずなのに、なぜあえてやめてしまったのか。なぜその問題が発覚した段階で先ほどのような説明をすれば問題はさほどこれだけ大きなことにはならなかったと思いますが、なぜあのとき説明をせずに、今、そういう説明をするのですか。

○安慶田光男参考人 先ほども申し上げましたように、まず最初に18日から新聞で報道されましたが、19日、20日、21日、それまでずっと毎日1面トップで報道されました。先ほど申しましたように、あたかもそれがあったかのごとく、私が否定しても騒動が大きくなっていく。そして、毎日私の家に取材攻勢がかかってきて、隣近所や私の家族も限界ぎりぎりまできていましたし、それで20日の教育長あるいは知事の会見でそういう事実はないと調査で言ったものですから、私はこのときがやめどきだと思いまして、20日の会見時はぶら下がりで行って帰りました。そして、決定的に決まったのは21日に公務がありまして、公務をこなしに行くときに来賓席に案内されますが、この来賓席における視線、それから一般の集会に集まっている人たちの冷たい視線、それからこれから本当に向こう何カ年間、私が副知事を続けていっていいのかと。こういう目で見られたものですから、これは少し考えないといけないと。そしてどんどん大きくなっていっていますし、そういう意味でこの時点でないと、やめていくべきだと思いまして20日そういう調査があったものですから、早速21日の公務を終えて、6時ごろ―21日は2つ公務がありましたので―少し長くなりますが、19日にも実は自治会館で市町村長会主催の新年会がありました。そのときも私が行きますと、もうマスコミ攻勢で辞任問題はどうなったのですかということで私は入れませんでした。それで私は帰りました。こういうことで公務にも支障を来していると。ましてや沖縄県の予算編成あるいは知事は訪米も抱えておりました。それから、沖縄ナイトイン東京・大阪という行事も抱えておりましたので、そういう重要な時期にこれ以上副知事を続けていってこの問題を引きずっていくことは沖縄県のためにならないと。そしてまた翁長県政のためにならないということで、私は身を引くということになりました。

○照屋守之委員 先ほどの説明を毅然としてマスコミの前にも、県民の前にもやっていれば、おやめにならなくてもこの問題は既に解決しているのです。それもさることながら、なぜ安慶田前副知事はこれだけ重要な基地問題、人事、予算のものも含めて重大な責務を担っている責任ある立場でありながら、それをあっさり放棄して、県政の混乱といいますがさらに混乱しております。なぜ副知事の責任を放棄してまでおやめになるのですか。そこを教えてください。

○安慶田光男参考人 確かに、やめるに当たりましてはかなり悩みもしました。なぜなら翁長県政を最初につくってきた一人でもありましたし、またオール沖縄と一緒になって翁長県政と那覇市議会議員時代から一緒になってきたものでありますから本当に思い悩みました。しかし、それでも辞することによって、この問題が終息すると考えて辞職したということであります。正直に言いまして、基地問題あるいはいろいろな問題も含めて、総合的に判断して辞職することがこの問題の収拾につながると判断しました。

○照屋守之委員 問題がおさまるどころか、さらに疑惑が広がって、マスコミ報道のありようですが、まさにこれは今御自身がお考えになっている分とやはり副知事としてこれだけ翁長県政を基地問題あるいは人事問題、予算面でつくってきた人の立ち居振る舞いではありません。非常に大事な時期ですが、いまだかつて副知事は選任されておりません。ですから、安慶田前副知事の辞任は逆に翁長県政を混乱させている元凶になっていると。これはどう収拾するのか、回避するめどもつかないという、そういう事態になっていると思っています。先ほど、人事介入の問題や副知事の立場等については翁長知事とどのような話し合いを行いましたかという問いかけに1月22日に知事と話し合いをしているということを言っていましたが、どういう内容ですか。

○安慶田光男参考人 その前日に弁護士を通じて知事には辞任の意向を伝えてありました。辞任に至った理由を全部聞かれましたし、そして今申し上げていることも全部申し上げて、知事も何とか協力できないかということもありましたが、私の意思がかたいということになりまして、知事もそういうことに了承されたものだと思っております。

○照屋守之委員 それと非常に不可解なことは、1月21日に弁護士を通して辞職の申し入れをするわけですね。何十年翁長知事と安慶田前副知事はつき合ってきたのですか。一々こういうことを弁護士を通してしかそういう話し合いができない仲なのですか。

○安慶田光男参考人 この問題に関しては、当初、マスコミ報道にされた時点から私の名誉にかかわる問題ですので、弁護士を立てて弁護士と一緒になってやっていくということで弁護士に相談をして対応してきたつもりであります。そこで弁護士からこういう話をして、私はどうしてもやめるという話をしましたら、そうですかということで、自分から伝えておくということで、別に他意があったわけではありません。そして、その翌日は知事から受けたということでゆっくり話がしたいということで22日には話しております。

○照屋守之委員 ですから、今回の辞職は全く無責任きわまりないやり方です。辞職を認めた翁長知事も大失態です。これだけ重要ポストでありながら、きちんとお互いに一緒に翁長県政をつくってきた、県民の期待に応える、基地の問題も解決する、予算も獲得してやっていくという、今、副知事が不在で県政は混乱して崩壊寸前です。この事態をどう思いますか。

○狩俣信子委員長 休憩いたします。

   (休憩中に、安慶田参考人から質疑の趣旨について確認したいとの申し出があった。)

○狩俣信子委員長 再開いたします。
 安慶田光男参考人。

○安慶田光男参考人 そのようになることは私も予想されませんで、収拾されるものだと理解しておりまして、それでそのようにやめたと。しかし、その後に諸見里前教育長から実名入りでこういう文書が出てきましたので、そうであれば正々堂々とこういう状況をつくった一番の張本人ですので、やはりそれは司法の場でやっていかないといけないということで告訴したところであります。

○照屋守之委員 こういう事態になると想定していなかったということですが、今おやめになってそういう立場を離れて、そのような無責任なことをおっしゃるというのは大変です。今、御自身がやってきた仕事があるではないですか。では、それを誰に引き継ぐのか、あるいは辺野古の問題をどうするのかと。そして、政府との交渉役はどうするのかと。これは自分がいなければ誰がやるのかと当たり前に考えて、きちんとそういう手当てをしながらやるのが副知事の立場ではないですか。そういう想定をされなかったというのは少しおかしくはありませんか。

○安慶田光男参考人 基地問題は、基地担当の部署もございますし、確かに副知事はそれを代表するかもしれませんが、それはそれで組織として、沖縄県として知事が強いリーダーシップを持って解決していけるものだと思っております。

○照屋守之委員 そういう都合でそのような前副知事としての発言というのはいかがなものかと思います。先ほど御説明しておりましたように、人事の介入だけでは退職の理由にならないと思っております。先ほど触れましたように、前教育長の問題がありますよね。これは以前に安慶田前副知事が前教育長に辞任するように促したとか、そのような経緯もありまして今回の退職の理由になっていませんか。

○安慶田光男参考人 先ほど意見書の中でも申し上げましたが、教育長人事というのが常に何十年も公的任期は4年である人も、また2年である人もいらっしゃいますが、それぞれ2年でずっと交代をしてきている慣例がありました。それで諸見里前教育長が2015年の3月でちょうど2年になるという年でもありました。それからもう一つ言えることは、これと並行して既に教育長経験者は沖縄県国際交流・人材育成財団に行っているということもありましたので、これは知事部局の人事でありますが、それも含めてどうされますかという意思を確認しました。

○照屋守之委員 それと、先ほどの人事の介入だけで退職の理由にならないということと、前教育長に対して安慶田前副知事が辞職を促したことがあるのではないかという懸念を持っております。もう一つは、病院事業局長人事もこの辞職の理由になっていないかということなのです。今、病院事業局長は辞表を提出しました。先ほどから局長人事をめぐって不可解なことが起こっております。昨年はある幹部が局長に辞表の提出を促して、ことしは総務部長が上からの指示で辞表の提出を促したとされています。ですから、今、安慶田前副知事がやめた……。

○狩俣信子委員長 休憩いたします。

   (休憩中に、質疑の範囲について確認が行われた。)

○狩俣信子委員長 再開いたします。
 照屋守之委員。

○照屋守之委員 副知事がやめた理由が病院事業局長人事にも絡んでいるのではないかと思っています。今、病院事業局長が辞表を出しておりますが、これは昨年から病院事業局長人事をめぐっては不可解なことが起こっております。昨年は、ある幹部が病院事業局長に辞表の提出を促しております。そして、ことしは総務部長が上からの指示で辞表の提出を促したと言われております。ですからこれについて副知事が関与しておりませんかということを聞いています。それは辞任の理由になっておりませんか。

○安慶田光男参考人 辞任の理由にはなっておりません。

○照屋守之委員 ということは、こういう事実はなかった、関与した事実はなかったということで理解していいですか。

○安慶田光男参考人 今、教育長人事の話ですよね。

○照屋守之委員 今回は教育委員会における人事の参考人のことでやっていますよね。それでは、まず1つ、先ほど言いましたように、前教育長に対して、当時の安慶田前副知事が直接会って続けるのかという意思確認をしている、そこが教育長に対して辞任を促す行為があったのかどうか。これは別枠でもう一度参考人招致をやってください。今回の委員会ではなく、別の委員会で前教育長に対する件で参考人招致をやってください。それからもう一つ、きょうは教育委員会のことだからということで、病院事業局長の問題はやりませんが、病院事業局長の辞職の件については去年から問題になっております。今はそれはないとおっしゃっていますが、既に新聞報道も含めて総務部長が関与したということも報道されています。ですから、こういうことも含めてこれはぜひ病院事業局長を呼んで、別の形で参考人招致でやるということのお願いと―お願いですから別枠でやってくださいという話です。それから、病院事業局長人事は公営企業法に反する行為なので、そういうことも含めてぜひ百条委員会もあわせて委員長に検討していただいて対応していただきたいと思います。このことをぜひお願いしておきます。
 今回の辞職で退職金というのは既に受けとられたのですか。

○安慶田光男参考人 退職金については確認しておりません。

○照屋守之委員 翁長知事も退職金の支払いについては恐らく戸惑いがあると思っていますが、これはぜひ私からももう一度百条委員会でこの件は―今のような意見の交換では真相究明ができませんので、百条委員会の設置を求めるので、ぜひ取り計らってください。

○狩俣信子委員長 これは各会派の代表で検討を行って、議会運営委員会で検討していく問題ですので、ここではお返事はできません。

○狩俣信子委員長 次呂久成崇委員。

○次呂久成崇委員 これまで本人から要望であったり、推薦等があって、それを意見交換、また話し合いということで前教育長とそういう機会を持ったということだったと思いますが、それはあくまでも意見交換、話し合いの範囲内という認識だったということでよろしいですか。

○安慶田光男参考人 先ほどの意見書の中で申し上げましたように、私の認識では指示というものは決裁権があるものと。ですから、例えば私は知事部局の副知事でしたが、知事部局でも私の担当するところ以外は決裁も回ってきません。そこでその部長たちにも指示をするということはありませんし、また指示をしたこともありません。ただ話し合って、意見を交換して、聞くというのは全体としての流れですので、そういう意味ではありました。

○次呂久成崇委員 このような意見交換、また話し合いの機会というのはどれぐらいの頻度であったのでしょうか。

○安慶田光男参考人 諸見里前教育長の時代は、教育委員会は完全独立制で今の教育委員会とは制度が違っておりまして、教育委員会の場合はほとんど予算の問題や大きな問題でない限りほとんどそういうことはなかったと記憶しております。

○次呂久成崇委員 前教育長がなぜこのようなことをしたのか、今回この文書を含めて、それに対して心当たりがないわけではないとお答えしていますが、それは指示をしたと前教育長はそのように捉えているということで、認識のずれといいますか、そのような理解でよろしいでしょうか。

○安慶田光男参考人 何度も同じことを申し上げて申しわけございませんが、指示ということはいたしておりませんし、また指示ができるという認識も持っておりません。特に、その当時の教育委員会は合議制で、完全独立制で教育長1人で方針も、あるいは人事も定めることができなくて、教育委員長が別におりまして、この教育委員会がそれの最高決定機関ということですので、それを指示したり、私が恫喝したりしても意味のないというシステムになっているということはよく承知しておりました。

○狩俣信子委員長 亀濱玲子委員。

○亀濱玲子委員 1月24日に教育長が記者会見を行って、関与があったと認めざるを得ないというようなことを報道されています。このことについてそれまでに教育委員会から聞き取りはありましたか。

○安慶田光男参考人 この問題が報道されたのが1月18日でございます。そうしますと、18日、19日の教育委員会の調査ではそういう事実はないということで、知事の定例記者会見で教育長も同席して調査の発表も行いました。それを受けて私は先ほどこれが時系列だと申し上げましたが、23日に辞表を出して辞職しましたら、24日にそれが出たということであります。ですから、私は24日にこの文書が出たというのは、先ほど意見調書で申し上げましたが、たまたま取材に来ている記者からいただいて初めてわかったということで、教育委員会からは私に対する何ら質問も、何ら問い合わせも、何ら事実確認も行っておりません。

○亀濱玲子委員 この文教厚生委員会で教育長を招聘したときにも確認しましたが、これについては両方の意見がきちんと聞かれなければ事実があったと言わざるを得ないというところまで導けないのではないかと思ったので確認しましたが、例えば1月24日の後でもこれについて教育委員会からの何か事実確認といいますか、問い合わせも現在までありませんか。

○安慶田光男参考人 きょう時点まで教育委員会からは何の連絡もございませんし、また私からも連絡をしたことはありません。

○亀濱玲子委員 前教育長の書かれたお手紙というのはごらんになったと思いますが、この中で特段どうしてもここはおかしいと指摘したいところはありますか。

○安慶田光男参考人 先ほどもお答えしましたが、教員採用試験についてのことは全面否認しております。それから人事の問題につきましても、C幹部については否定しております。ただ、小学校のD校長についてはお話し申し上げましたという話をしているところであります。

○亀濱玲子委員 先ほどの何かの質疑のときに、前教育長の任期の途中の話をされておりましたが、知事部局の人事の件で沖縄県国際交流・人材育成財団にというお話は、それが例えば辞意を促したと誤解を生んだというようにお感じになっているのか、あるいはそういうことは一切ない、ただそれを事務上お聞きになったと、意思を確認したということなのかということをお聞きしたいと思います。

○安慶田光男参考人 先ほどからその部分について問い合わせがありますので、私から申し上げますが、実は、2015年の1月ごろでしたか、諸見里前教育長に人事担当の副知事として私は慣例で2年交代になっておりますので、どうしますかと意思確認をしました。しばらくすると、教育庁内を初め、あるいは議員、教職員OB、教育庁経験者などが、なぜ任期もまだ残っているのにそういうことがあるのかと先ほど照屋委員からもありましたように、教科書問題ではかなりの実績もあったのにということで、いろいろと大騒動になったものですから、知事三役で話し合って、別に我々が予定していた人がいたわけではありませんで、ただそういう慣例だからという話をしましたら、もう一度話し合いなさいということになりましてもう一度話し合いを行いました。そうしますと、そのときにあと1年やりたいということになったという話であります。

○狩俣信子委員長 比嘉京子委員。

○比嘉京子委員 この問題が起きて多くの識者も含めて第三者委員会を立ち上げて真相究明をすべきだという御意見がかなり多くありますが、先ほど参考人からは第三者が真相究明をすることはもはやできないとおっしゃったのか、つまり第三者が真相究明をするということは厳しいという背景があっての司法の場で訴えたというお話があったように思いますが、その司法に訴えた背景といいますか、理由についてもう少し説明をお願いしていいですか。

○安慶田光男参考人 私が告訴した理由につきましては、正直に申し上げまして先ほども言いましたが、沖縄県のみならず、本土のマスコミもこの件を捉えて報道をして、まさに教員採用、人事の介入があったかのごとく報道されて、先ほど言っているように私の社会的、あるいはこれまでの副知事としての実績もなくしてまいりましたし、家族も苦痛の限界でありました。そして、もう一つは、教育庁の調査を見て、先ほど申し上げましたが、直接私の話を聞いたとか、直接私からもらったというのは諸見里前教育長一人なのです。彼の周囲の人たちが聞いたという中で、証言だ、証言だと言っていますが、その証言が真実かどうかということをどこでやるのですかと。そう考えたときにこれは裁判所でやることしかできないと判断したと言っているのです。それを捜査権があるところでない限りできないと。私はそのように思ったので告訴をしました。第三者でやることも方法でしょう、議会でやるのも方法でしょう。これを否定するものではありませんが、私がなぜ選んだのかと言われると、やはり教育委員会の調査でも調査結果を見ますと、直接私と相対したのは一人だけです。そして、その人の話は全部そのままうのみにして、私の言うことは全部おかしいという形になっているものですから、その真相をどこで究明するのかといいますと、やはり捜査権を持つ司法でなければできないのではないかと判断したということでございます。

○比嘉京子委員 もう一点ですが、この問題はちょうど教育庁の制度が変更になった移行期であったかと思います。少し聞きそびれてしまったのは、3年でやめることになり、思い当たることがあるとすればというお話だったかと思いますが、3年でやめることになって確執が生じたのではないかという内容のお話がありましたが、そこをもう一度御説明いただけますか。

○安慶田光男参考人 先ほどから言っておりますように、これは私の推測です。その推測について何度も聞かれるとあれですが、根拠があるわけではありませんので。ただ、こういう流れがありましたという説明はできます。ですから、先ほど申し上げましたように、2015年の3月に前教育長はこれまで2年の任期を迎えて、慣例で2年で交代でしたので、もう2年になりますがどうですかという意思の確認をしました。そうしますと先ほど申し上げたように、大騒動になりましたと。それで1年やりたいというものですから、では1年やりましょうと。そうすると、その後はどうするのかと言いましたら、先ほど言っているように、沖縄県国際交流・人材育成財団という話が出たのです。沖縄県国際交流・人材育成財団に行きたいというものですから、ではちょうど2年交代で沖縄県国際交流・人材育成財団を2年―これは教育長経験者がこのようにしてはまるのです。そうしますと、そこであなたが1年延期すると、この人は1年になりますと言いましたら、そのときに自分が推薦をする人をやれば私は1年でその人が辞表を出すような話もやりますという話まで彼は言ってきました。そして、私はそういうことですかという話もやりました。

○比嘉京子委員 それは感じ方であって、それは想像といいますか、御自分が感じられたということもあるのかという問題だと理解したいと思います。今のようにこの問題に対しては、どちらもそれぞれの意見をおっしゃているわけですので、今、私がお聞きをして、例えば次のステップとして委員会におけるある意味での限界かと。諸見里前教育長にもぜひともこの場所で同じように意見陳述をさせていただければと思っております。

○狩俣信子委員長 諸見里前教育長についても、ぜひお越しいただいて参考人招致としてここで話をしてくださいということはお願いしてあります。また、向こうも弁護士と相談をした上でお返事をいたしますというところでございます。

○狩俣信子委員長 平良昭一委員。

○平良昭一委員 きょう意見を聞かせていただきまして、重なる部分がありますが確認の意味でありますのでお聞かせ願いたいと思います。
 これまでの話の中で教員採用システムに対しては受験番号、あるいは受験名を伏せて、受験者を特定できないということは知っていたということであれば、すなわち特定の受験者が採用できるわけがないという仕組みを知っていたということでした。それから、それとあわせて学校事務職員の採用についても所管が教育委員会ではなく、いわゆる人事委員会の所管であるということで、そうであればこういうことに関しては教育長に依頼するはずもないのも当然だと思います。知っているのであれば―知っていたと言っているので。これまでの流れをくむと、これは組織の問題ではなく、個人対個人の人間的な問題と判断せざるを得ないような状況があると感じています。そこでお聞きしますが、安慶田参考人のきょうのお話では、諸見里前教育長との教育長として3年目を迎えるに当たって、諸見里前教育長との間にそれについて確執が生じたというお話がありましたが、それは一体どういう意味でしょうか。

○安慶田光男参考人 先ほどから大体同じような方向性で申し上げていますが、私の記憶に間違いがなければ、恐らく法的人事は辞令は4年になっていたと思います。次に交代する人はまた2年になりますが、2年交代の人はそういう順番で来ていたのですが、2年だったと思って、それでも2年交代でずっと何十年続いてきていたのですが、それで私は申し上げて、交代ですがどうなりますかと言いましたら、先ほどの騒動になりまして、それではあと1年やりたいということで、では1年後はどうするのですかと言いましたら、これまでどおり教育長経験者は全員沖縄県国際交流・人材育成財団に行っていますという話になりまして、沖縄県国際交流・人材育成財団は知事部局の人事です。ですから、そうしますと私たちが話をしないとできない話になりますので、知事部局の人事ですが、あなたが1年延びると今度ちょうど入れかえの時期ですが、どうしますと言いましたら、今度は自分の推薦する人を入れれば1年間で話をつけれるようにしてきますという話になったものですから、そうですかということで私はそれはそのとおり人事をいたしました。ですから、そういうことがありまして、本人は4年やるべきだと思っていたかもしれませんが、そういうことがありまして私は確執が生まれていると推測しているということであります。

○平良昭一委員 任期は4年、それでも慣例として2年ずつやってきたということで当然これは知っているわけですから、それがなぜ確執というものにつながるのでしょうか。そこまで及びますか。

○安慶田光男参考人 このことは新聞で報道されていましたよね。間違いなくそのように。ただ、人間関係でうまくいっていないという部分については、ウマが合う、ウマが合わないという意味についてそういうものがあったのではないかといった程度に考えております。

○平良昭一委員 諸見里前教育長は教育長以前は人事の担当をしていたという記憶があります。そういう面ではこの人事に関していろいろ確執などがあったのかということでの問題だと。1対1の個人の争いになっているような感じがしてなりません。そういう観点からしますと、この問題に関して一度は2年でいかがですかということは相談をしたわけですよね。これは事実ですか。

○安慶田光男参考人 2年でどうですかという話ではなく、このように2年交代できていますが、継続する意思がありますか、どうされますかという話をしました。

○平良昭一委員 そうなりますと、この慣例というものに関しては当然知事もかかわってこないといけない、最終的な判断もしないといけなくなるような状況にこれまではならないのですか。

○安慶田光男参考人 先ほど申し上げましたように、教育長人事について、その当時は移行期でありましたので、もし諸見里前教育長が教育長をおやめになるのでしたら新しい教育制度にかわったかもしれませんが、いずれにしても古い教育委員会の制度ですと、教育委員を選任して、知事が推薦をして、そして議会の承認を得て教育委員になっていただき、教育委員の合議制で教育長を決めていくというシステムになっておりましたので、そういう意味からしますと、2カ年でずっとそういうことで交代してきていたので、知事というよりも私は人事担当でありましたので、これまでの慣例に従ってどうされますかと。それからもう一つ、先ほど言ったように、2015年の時期に沖縄県国際交流・人材育成財団というところがずっと教育長とこのようにかわってきていたものですから、これを決めなくてはいけない時期でもあったということでそのような話を申し上げたということであります。

○平良昭一委員 沖縄県国際交流・人材育成財団は、教育長経験者がそれまで就任していたという流れがあったのですか。

○安慶田光男参考人 必ずしもそうではありませんでしたが、ある教育長時代には知事部局から行った時代もあります。しかし、大方はこれまで教育長経験者が2カ年交代でありましたので、ほとんど交代して行っているということが実情でありました。

○平良昭一委員 先ほど、それに今後は行きたいという話をしたということも聞きました。確認ですが、諸見里前教育長がそこに行きたいという話を実際していたのですか。

○安慶田光男参考人 先ほどから言っているように、1年延長させていただきたいという話でしたので、その後どうされるのかと言いましたら、これまでの教育長がかわってきたように沖縄県国際交流・人材育成財団に行きたいと言ったものですので、沖縄県国際交流・人材育成財団は今度2015年にかわる時期ですよと。そうしますと、あなたが1年延びて2016年になりますと、この人はどうしますかという話になりまして、ではこの1年で辞表を出せるような方を自分が推薦しますという話でした。そういうことです。

○平良昭一委員 推薦したと。いわゆる、本人が1年で交代することができないので―これは沖縄県国際交流・人材育成財団に行く理事長ですか。それを推薦したということは諸見里前教育長がやったということですか。

○安慶田光男参考人 これまでも教育長が推薦をしたり、お互いに推薦されたりすることは別に問題ではありませんでした。ただ、1年で交代するかしないかという問題は残ったものですから、では教育長が推薦されるのでしたらということで話はありました。

○平良昭一委員 結局それはどうなりましたか。

○安慶田光男参考人 裁判との問題がありましたので弁護士の意見を聞きましたが、2016年3月で1年になりましたので、そのときに1年間だという約束がありましたが、2016年の3月になりまして、それまで教育長問題で事前にもいろいろとごたごたがありまして、知事等も人事を決めずにずっと待っていて、3月の終わりごろになりまして本当にぎりぎりでした。二十五、六日過ぎではなかったでしたか、そのときに諸見里前教育長から別に就職先が決まりましたので、教育長はやりませんということになりまして、1年の約束はどうなりましたかと聞きますと、その人は2年続いているのでそのままさせてくださいという話になったのが事実であります。我々はそのことについては触れず、そのままわかりましたと言いましたが、しかし、少し約束が違いますという話はいたしましたが、それでも人事をさわってやるようなものではないと思ったものですから、そのまま―就任した人と私は面接していませんので、またこれは副知事が面接するような人事ではありませんでしたので、その方の推薦を受けて人事担当がそれで行っていたものですから、それでは約束が違いますねという話をしましたが、そのまま2年でやっているということが現状であります。

○平良昭一委員 その人事に関して、これまでの慣例というものも重なってきているような状況がありまして、それに対して時期が時期の事件と言ったらおかしいですが、そういうものに巻き込まれているような感じがしてならないということもあります。再度確認しますが、諸見里前教育長はあと1年やりたいと、それを申したのですよね。任期は4年ですが、2年終わった時点で3年はやりたいということを明言したわけですか。

○安慶田光男参考人 先ほどから申し上げておりますように、再度お話を申し上げますと、1年延長という形で、実際は3年務めていらっしゃいますよね。教育長はずっと2年が慣例でしたが、3年務めているということが現実であります。

○平良昭一委員 こういう状況であれば、1年、2年継続したいという思いがあったということもよく理解はできます。ただ、それに対してお願いをしたことも今の話であれば事実だろうと思っていますし、先ほどの説明の中ではこういう案件というのはOBや退職者といった方々、ある面では議員もいたかもしれませんが、そういう方々に逆にやりたいと言っているような可能性もあると思います。それに関して安慶田参考人以外にも相談するような状況があったと思いますか。これは憶測だと思いますが……。

○安慶田光男参考人 先ほどから申し上げておりますが、2015年の3月に慣例で間違いなく2年交代でありましたので、そのときには議員の皆様方、あるいはOBの皆様方、教育長経験者などを巻き込んで本当に大騒動になりましたので、私として私と2人の話ですので、本人が話しかけたという話は感じました。

○平良昭一委員 この問題が出てから我々はよく住民から聞かれますが、県と市町村の教育長の人事について、市町村は小・中学校の校長上がり、そして県の教育長は県立高等学校の校長上がりが就任することが普通だということを聞かされましたが、このことについてはどう思っていますか。

○安慶田光男参考人 先ほど申し上げましたように、教育長人事に関しては、今の新制度におきましては、教育長と教育委員長が一緒になっておりまして、知事が教育長と教育委員長になる人を決めて、それで議会にお願いをするというシステムになっておりますが、まだ諸見里前教育長の時代には旧制度でしたので、教育委員を知事が推薦し、議会の承認を得て選任して、教育長は教育委員の合議でもって決めていくというシステムであります。

○平良昭一委員 辞任の件ですが、世間では文書が公表されたからだと言われているような状況もありますし、また報道内容もそのようなことにつなげているような状況が見えます。しかし、きょうの時系列の説明を受けて一連の流れがわかってきました。そこで、辞任の理由として最初の教育長の記者会見で何もないということを発表しましたよね。時期的にも2月予算の中で本人が先ほど公務に支障を来しているような状況も多々あったと。そういう冷たい視線で見られてきたということもあり、これ以上翁長知事に行政の運営について迷惑をかけてはいけないといった思いでということもありました。それと、家族に対する非難中傷に対しても過剰な取材等もあったと。自宅まで押しかけてくるといった状況もあって、これ以上家族に迷惑をかけたくないということでの辞任だとお話ししていましたが、それで間違いないですか。

○安慶田光男参考人 先ほども申し上げましたが、18日に第一報が報道されてから、18日、19日、20日、21日、24日、25日、26日と、この1週間本当にトップ記事で報道されて、全国放送もされまして、本当に針のむしろ、四面楚歌の状態でありましたし、そういうときに精神的にも幾ら強いといいましてもおかしくなってくるのではないかと。特に、私は張本人ですのでいいとしても、家族は大変な苦痛を感じておりました。そういう中で本当にこの問題を教育長が18日と19日で調べて20日の会見でそういう事実はないと否定を発表したことで私もそのときに本当にこれでよかったと思いました。しかし、これだけ疑惑の目で見られて、先ほど言いましたように翁長県政はこれから大切な時期だったものですから、そういう時期に本当に副知事として何をしているのだという自問自答もありましたし、またこの時期にやめたら疑惑があったからと思われるのではないかということもありましたが、それも全部総合的に考えてもやはり私は辞職して―一番やめる原因になったのは、21日に公務をしたときに来賓席で受けた視線、それから集まっている皆さん方の視線がこれまでとは180度違った形になり、私が向こう何カ年間こういう形で副知事をやっていかないといけないのかと感じましたし、それからさらにもう一つはこれが長引けば長引くほど政治問題化、あるいはまた議会においてもこれから2月議会も来ますし、本当に大変だということも思いまして、先ほど照屋委員から指摘されましたが、私自身はやめることが収拾策になると判断をしてやめたということです。

○平良昭一委員 この文書が辞任の後に出ましたよね。辞任前にこの文書が出ていたときに、はっきり言いますが辞任しましたか。

○安慶田光男参考人 仮定の話で、しかも過ぎた話で、これを私が今答えることは適切ではないと思っております。

○平良昭一委員 お互いが告訴をするといった形になりそうな感じですよね。安慶田参考人は告訴をしていますが、教育委員会のこの件に関して告訴まで発展していったということが大変残念でならないということもありますが、時系列の中で自分の主張を話すのは裁判しかないという状況もわかりました。そういう面では、これまでの県民の考えていることが時系列の中でわからないのでそういう誤解が生まれてきたということもよく理解できたつもりであります。先ほどから特別やら、百条委員会やらという話もありますが、私にとっては個々の問題だということが今回の参考人招致の中でもわかりました。諸見里前教育長に対してもいろいろ話は聞かないといけないと思いますが、個人的にはこれは議会の立場のものではないという感じを持っています。そういう面では最後に聞きたいのですが、この問題で告訴した―受けて立つというような新聞報道もありましたが、教育の問題に関して裁判等で争っていくという形になったことに対して、安慶田参考人からの率直な御意見をいただきたいと思っております。

○安慶田光男参考人 先ほども告訴の理由のところで申し上げましたが、私としては本件の文書が出たときは24日でしたので既に私はやめておりまして、そうしますと私がとり得る方法というのはそれしかないと。先ほど言いましたように、教育委員会の調査でも最初は5名ともないと言っていたものが、こういう文書が出たら今度はあると言って―あると言っている者も1人か2人ですが、こういう状況を本当にどこが捜査権を持って調査できるのかと。しかも私個人はこれだけ名誉も傷つけられて、社会的地位も失っていったと。そういうときにこの文書を見たときに、最初に発表したマスコミにも私の名誉の問題ですので、名誉回復のために震源はどちらですかということをやりましたが、なかなか究明はできませんでしたので、24日に文書を見てこの人が震源地だと思ったときに、当然のことながら責任をとって、あるいはこれだけ言っているので文書の真実はどこにあるのか、これをできるのは捜査権を持っているのは裁判ですので、それによってやらなくてはいけないと思って告発をしましたし、刑事告訴で受理されておりますので、やがてその捜査に入るかと思っております。そして、民事訴訟も第1回が近々開かれるという段取りになっております。

○平良昭一委員 この前教育長からの文書をうのみにして現教育長は2回目の記者会見を行ったということですが、安慶田参考人からしてこの文書は真実であるかどうかということに関して、一体どのような考え方を持っているのかということと、もう一点、先ほど少し聞き漏らしたのですが、この文書を知ったのは24日の自宅に来た新聞記者から渡されたという言い方をしておりましたが、この新聞記者の氏名等も―それは事実であるということをもう一度お願いします。

○安慶田光男参考人 この文書が真実かどうかということをもう少し教育委員会が丁寧に物証なり、あるいは―ただ、その人の証言の裏づけだけではなく、先ほどから申し上げているように、1対1で会ったのは私と諸見里前教育長だけなのです。ですから、そこに真実があるかということは捜査権を持つ裁判所あるいは地方検察庁でなければ調べられないと思っています。それでやりましたと言っているのです。それも全部その人が言ったら、そしてその人の話を聞いたことがあるかで初めてわかりましたですよね。聞いたことがあると言った人が全部証言になっているのです。そういう話を真実性があると思わなかったものですから、私は告訴することにしたのです。それで本当の意味での真実を明らかにするのは裁判以外ないと。そして、司直の手をかりることが一番いいと感じました。この文書を受けとったというのは間違いなく24日の恐らく午前11時過ぎぐらいだったと思っています。それは間違いなく先ほど申し上げたように新聞記者からいただいて初めてわかりまして、それで弁護士に対応をどうしますかということで早速電話をして対応したということが本音でありますし、そのときに弁護士は今後の推移もあるのでノーコメントにしておいてくださいということで、最初受けたときのコメントがノーコメントになっております。これは弁護士からの指示でこれからの対応があるのでノーコメントにしたほうがいいということでノーコメントということになりましたら、それをまた大々的に逃げ隠れしているような方向性でノーコメントということで書かれましたが、それもいささか私としては不満でありましたが、そういうことが現実の流れとしてあったということは皆様方にも理解していただきたいと思います。

○狩俣信子委員長 西銘純恵委員。

○西銘純恵委員 沖縄県の教員採用試験は全国に比べて競争率も倍近いという狭き門の中で、本当に透明性があって、採用が公正公平になされているのかというところが県民が一番知りたいところなのです。この間、教育長をお呼びして事情聴取をしたときに、介入できないシステムになっているということを答弁されました。これについては先ほども少し触れてはいましたが、認識はどうですか。

○安慶田光男参考人 意見書の中でも触れましたが、私の記憶に間違いがなければたしか平成19年度にいろいろな意味で教員採用の点数にミスがありまして、かなり問題が出た時期がありました。それをきっかけに恐らくそういう改正がなされてきたのではないかと思いまして、それ以降、私はまだ直接関係できるポジションではありませんでしたので、そういう認識で教員採用試験について、あるいは当然教員採用試験のみならず、県庁職員採用試験もそうですが、1次試験、2次試験について介入できるものではないという認識でありました。

○西銘純恵委員 前教育長の文書で副知事からメモ用紙を渡されましたが、それには3名の受験番号、教科、氏名が記入されており、「よろしくお願い。」、「無理しなくてもいい。」と言われたということに対して先ほど明確に否定をされたと思いますが、そうですか。

○安慶田光男参考人 これは事実ではありません。

○西銘純恵委員 事実ではないということは、今、指摘をした一つ一つ全てが事実ではないということでよろしいですか。

○安慶田光男参考人 メモも渡しておりませんし、そういうお願いもいたしておりません。

○西銘純恵委員 県教育委員会が19日以降の調査をするということでやった報告書が最終的に1月24日に前副知事からの働きかけがあったと考えざるを得ないとの見解を記者発表したということで記者会見を24日にやっています。そのときに前教育長が話をした証人の皆さんにはいろいろ事情を聞いたけれども、安慶田参考人には事情を聞いていないということを言われたのですが、そうですか。

○安慶田光男参考人 先ほどもお答えしましたが、私はこれについて23日の辞任以降、一切教育長や教育関係者からも電話はありませんし、話を聞かれてもいません。

○西銘純恵委員 もし、この時点で教育長が安慶田参考人からも事情を聞いたら、真っ向から対立する回答が出てくるわけですよね。そうなりますか。

○安慶田光男参考人 皆さんはこの文書を持っていると思いますが、このように言われたら私からお話はしないといけませんので、まずこの文書の中で表の文書では3名の受験番号と教科と名前が書かれているとはっきり書いてあります。そして、落選した人は1人かもしれませんと書いてあります。裏を見てください。裏には記入されたこの1枚の紙で3名だったか、4名だったかと思いますと書いてあります。そしてまた落選した人は1人か2人だったかもわからないと。このような曖昧な文書をもって教育委員会がそれを事実を認定したということに対して私は異議申し立てをしていたかもしれませんが、そういうことも聞かれなかったので、今、一例を取り上げましたが、これが本当に真実かどうかということについて教育委員会がどういう調査をされたのかと。この文書をとってもそうだという指摘は可能だったと思います。

○西銘純恵委員 安慶田参考人から話を聞いて違いがあるということになれば、双方の食い違いがあるので教育委員会として第三者委員会を開いていくかということも道が開けていくのかということを考えます。そこがなされなかった結論で結果としては刑事告訴と民事訴訟の提起をしたということですが、刑事告訴をした裁判で争いになる論点というのは、何と何になるのでしょうか。

○川崎幸治補助者 裁判の件なので私から発言をさせていただきますが、もちろん相手がどのような反論をするかによって争点というものは変わってくるとは思いますが、基本的にはやはりこの文書の内容が真実かどうかという点が大きな争点になるものだろうと想定はしております。

○西銘純恵委員 裁判の中で真実が出てくるということを言われました。最後に安慶田参考人にお尋ねしたいのですが、沖縄県の職員倫理規程がありまして、特別職を除いて職員の皆さんには公正な職務の執行を図りとか、県民の疑惑や不信を招くような行為を防止し、公務に対する信頼を確保することを目的として、職員の心構えというものが全ての公務員が県民全体の奉仕者であってとか、そういう倫理規程というものがあります。行政にはそういうものがあると思いますが、それに特別職も含めて規定をするということが大事なのかと思いますが、見解をいただけましたらお願いします。

○安慶田光男参考人 正直に申し上げて、私が見解を述べることは適切ではないと思いますので、答弁は控えさせていただきたいと思います。

○狩俣信子委員長 金城泰邦委員。

○金城泰邦委員 最後ですので重なっている部分もあるかと思いますが、当初、諸見里前教育長も含めて口ききの事実はなかったという意思表明だったと思いますが、文書が出てきて教育委員会も調査を行って、改めて調査を行うと事実があったと認めざるを得ないということを記者会見で県の教育委員会は示しました。それに対して参考人の見解を伺いたいと思います。

○安慶田光男参考人 正直に申し上げまして、先ほどから指摘されているように、本来ならば当事者であります私にも事実関係について聞くべきものではなかったのかと、そのように感じております。

○金城泰邦委員 そういったことに対しては安慶田参考人は裁判を提訴されております。その裁判の相手というのが前教育長ということになっているわけですが、今回の流れからしますと、教育委員会としても安慶田参考人に対してこういった事実があったと認めざるを得ないと言っているわけでありまして、それが事実誤認だという立場で訴えるのであるならば、諸見里前教育長にもそういった証言をされている方々に対しても事実誤認ということで訴えるべきではなかったのかと思いますが、そこはどうなのでしょうか。

○安慶田光男参考人 当初、これが出たときに最初に出した新聞社に対しても名誉毀損の問題ですので震源を調査したいと申し上げたのですがなかなかできなくて、それで私が20日にぶら下がりをしたときにもマスコミから名誉回復の方法で法的措置を考えていますかと聞かれましたが、そのときは考えていませんと、その後の推移を見ますという話で終わっています。そして、この問題は私がやめることで終息すると思ったものですから辞職して終息させようと思ったのですが、24日に堂々と実名を上げて文書が出まして、この人が震源地であったということがわかりましたので、今、弁護士が言ったように、この方の出した文書が真実であるのかどうかというのが今後の裁判のポイントになると思いますので、一番初めに出たところの震源の決着をつけてからそういうことはやっていきたいということで、私は今そのもとになった諸見里前教育長を告訴し、そして民事訴訟で訴えているところであります。

○金城泰邦委員 諸見里前教育長だけの発言だと、2人の確執ではないかと言われていることもあったりもします。今回、その他の方もそういった証言をされているということでございますが、その他の証言された方に対してもこの裁判において事実を求めることについて行動する意思はございますか。

○安慶田光男参考人 これは裁判の件ですのではっきりわかりませんが、先ほど弁護士がおっしゃったように、どういう形で向こうが対応してくるかによっては出てくるかとは思います。この文書あるいはそういう証言が本当にそうだったのかどうかということはこれからの裁判の出方次第で対応がかわってくるのではないかと思います。

○金城泰邦委員 私は沖縄県政が非常に重要な局面を迎えている中にあって、安慶田参考人という政府とのさまざまな交渉を携わられて来られた方が急にこういった形で辞職をされるということが非常に残念に思っています。沖縄県政にとっても非常に大きな痛手になっていると思います。今回こういった形があって辞職をされたわけですが、ある意味辞職をしなくとも争って戦うべきではなかったのではと思いますが、いかがですか。

○安慶田光男参考人 これは照屋委員からも指摘されておりますが、その状況を考えて、今はこのように冷静になって今ここにいますが、その状況のときには本当に四面楚歌の状態で、私が否定をしてもそれが3倍、4倍になって報道されてきますと、そういう段階で本当にこの問題を収拾して、予算編成、2月議会、ワシントン訪米と知事は本当に軒並みに重要な時期でありましたので、こういうことで私は知事に煩わしい、また翁長県政、あるいは沖縄県政の足を引っ張るわけにはいかないと。それで私がやめて終息してもらえればそれでいいということ、そして私も家族も精神的に限界に来ていましたし、さらにこれだけマスコミで言われているわけですから、周囲の見る目―公務に行ったときの見る目も大変冷たい視線でありました。そういう中で本当に向こうに向かって副知事を続けていくべきものか悩みましたし、先ほどから言っておりますように翁長知事を立てたのは自分たちであるという自負もありましたが、それも全部総合的に比較してもやめて終息を図りたいということでやめた次第であります。

○金城泰邦委員 安慶田参考人のように力強いリーダーシップを持ってやってこられた方のおっしゃることが事実であればむしろそういった批判もはね返して、120万人の沖縄県民のために職務を最後まで全うすべきだったと個人的にはそのように思っています。しかしながら、それでも辞職をせざるを得なかったというのは、先ほどのやりとりを聞いてみますと、交代人事等は知事部局のものであるということからしますと、その後出てくるさまざまな人事の問題も耐えざるを得ないというところから辞職をしたのではないかと言われてもおります。そういった疑念に対してもしっかりと晴らしていくという姿勢が必要ではないかと思いますが……。

○安慶田光男参考人 先ほど話したように、私が辞職をした理由は申し上げております。そしてきょうこうして出てきて私は皆の前で話しています。こういうことでわかっていただければ―おっしゃるように認めたからとか、辞職した理由もさまざま聞きました。辞職する理由と裁判に訴えた理由はきれいにお話を申し上げたとおりでございます。

○金城泰邦委員 そうであれば最後に改めて今回の口ききと言われる教育委員会に関連する問題については、安慶田参考人は一切無実であるということの意思確認とその後それ以外のことのさまざまな疑惑についても病院事業局等々がやりとりの中で出ていましたが、そういったことは一切ないということの意思確認をしたいと思います。

○狩俣信子委員長 休憩いたします。

   (休憩中に、委員長から無実という言葉は使わないようにとの指摘があった。)

○狩俣信子委員長 再開いたします。
 金城泰邦委員。

○金城泰邦委員 では改めますが、今回の委員会でやりとりのあった委員からのさまざまな質疑に対しては、安慶田参考人自体、こういったことは一切違うということを改めて意見を求めたいと思います。

○安慶田光男参考人 今、問題になっております教員の口ききに関してそういうことはないということで裁判に名誉毀損で訴えているという事実をわかっていただければ、私の決意と信念がわかってもらえるのではないかと思います。

○狩俣信子委員長 以上で、安慶田光男参考人等に対する質疑を終結いたします。
 この際、参考人及び補助者に対し、委員会を代表して、一言お礼を申し上げます。
 安慶田光男参考人、補助者の川崎幸治様、ありがとうございました。
 休憩いたします。

   (休憩中に、参考人等退室)

○狩俣信子委員長 再開いたします。
 以上で、本日の日程は全て終了いたしました。
 委員の皆さん、大変御苦労さまでした。
 本日の委員会は、これをもって散会いたします。






沖縄県議会委員会条例第27条第1項の規定によりここに署名する。

   委 員 長  狩 俣 信 子