平成11年(1999年) 第 6回 沖縄県議会(定例会)
第 7号 10月15日
玉城 義和
 

 遅くまで御苦労さまであります。
 議員提出議案第2号普天間飛行場の早期県内移設に関する要請決議に反対の立場で討論を行います。
 10月13日の地元紙に共同通信の伊高編集委員の書いた次のような論説が掲載されました。
 「復帰後の平和行政は、後世への教訓を引き出すため、沖縄戦の実態を最悪の局面をも含めて教育し、あるいは展示するものだった。県是と平和行政の精神こそ県民の「操」であり、これがあるから本土の人々は沖縄県民に対し敬意を払い、「済まなかった」という気持ちを抱いてきた。 なのに今、現職の知事が、「国の立場」を気にして、沖縄戦の解釈を変えるべく部下たちに命じた。「何と、お人よしなのだろう」と驚きながらも、事大主義の根深さにがく然とする。」と書き、アジアとのかかわりの深い沖縄で開かれるサミットに対しても、これらの諸国から、沖縄よ、おまえもかと失望され、現県政を政府の縮小版と見るとしても不思議ではないと新平和祈念資料館問題の内外に与える影響のはかり知れない大きさを指摘しておられます。
 この文章を引用いたしましたのは、現在の沖縄の状況に対して心ある本土の人々の考えを代表していると思われること、またウチナーンチュとして誇りを持ち、沖縄のアイデンティティーを確立しようとしている人々の自尊心を沖縄県民の代表と思っていた知事が、実はその価値基準を国の立場に置いていたということによってまざまざと打ち砕いてしまったということを申し上げたいからであります。
 同時に、このたびのこの決議案の上程も同じ流れの中にあります。事もあろうに沖縄県議会が国家の立場や国家の論理を優先させることによって県議会みずから基地の県内移設を総理大臣に要請するということになり、国民的には何とお人よしなんだろうと見られますし、一方、県民に対しては強い屈辱感を与えているのであります。
 今さらながら私が申し上げるまでもありませんが、我が琉球沖縄の近世・現代史というものは1600年代初頭よりこの400年間、まことに特異な歴史をたどってまいりました。薩摩軍によって侵略された1609年以降、薩摩は実質的に琉球を支配し、琉球の対明貿易の利益を独占し徹底した植民地支配を行ったわけであります。そしてこの時代以降、日本という国家と沖縄の関係は、日本という国家が生きていくためにその都度便宜的に沖縄を使うという基本的な構図として定着をしてきたものと思います。この構図は、去る沖縄戦においても如実にあらわれております。
 レイテ戦において日本の軍事的敗北が決定的になったにもかかわらず、大陸や本土からかき集めて形成された第32軍がとった戦略は、水際作戦を最初から放棄し、地上戦で米軍をくぎづけにするという持久戦、消耗戦でありました。
 同時に、住民を巻き込んでの戦いは戦闘員、非戦闘員の区別のない玉砕戦になり、数々の悲劇につながっていくわけでございます。
 また、それらの犠牲は本土防衛の盾あるいは国体護持のためとされているのであります。
 そして、よく知られている大田実中将の、「沖縄県民斯ク戦エリ、県民ニ対シ後世特段ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」との電報にもかかわらず、戦争で傷つき、地獄の苦しみを味わってきた県民を待っていたのは27年間にもわたる米軍の軍事支配だったのであります。またもや日本政府は、沖縄を切り捨てるということによってみずからは戦後の復興に専念できたということであります。
 そして、「県民斯ク戦エリ」から20数年たった復帰時の沖縄国会において、佐藤総理政府代表は、「多年にわたる忍耐と苦難の中で生き抜いてこられた沖縄県民の方々の心情に深く思いをいたし、県民への償いの心をもって」対処していかなければならない云々と述べておられます。
 そしてまた、それから約25年たった1996年9月に来県された橋本元総理は、コンベンションホールでの県民へのメッセージの中で、私は、過ぐる大戦において沖縄県民が受けられた大きな犠牲と沖縄県勢の実情、そして今日まで沖縄県民が耐えてこられた苦しみと負担の大きさを思ったとき、私たちの努力が十分なものであったかどうかについて謙虚に顧みるとともに、沖縄の痛みを国民全体で分かち合うことがいかに大切であるかということを痛感云々と言っておられます。
 佐藤元総理を政治的な師と仰いだと言われる橋本前総理とのこの2つの演説が、何とこの内容が似ていることかと私はびっくりいたしております。
 日本政府は、四半世紀に一度ずつそういうメッセージを沖縄県民に繰り返し送るということになっているように思われます。つまりは、これらのメッセージは、結局沖縄の運動が大きく高揚したり、あるいは日本政府に対して強い異議申し立てなどが起こる時々に発せられるもののようであります。
 私は、特に名護市に海上基地の建設問題が持ち上がって以降、我々市民はだれのために互いに仲たがいをし、市民が二分されるような状況に追い込まれなければならないかということをずっと考え続けてまいりました。
 また、事がいよいよ重要局面に差しかかると、それまでは基地と振興策は別のものであると言ってきた方々が突如として両者は1つであるというふうにおっしゃる。そして基地をつくらなければ振興策の一つもやらぬという、こういうことであります。
 そうか、なるほど我々沖縄というのは基地をつくらしてこそ、あるいは基地があるからこそ振興策の一つももらうということができるそういう存在なのか、こういうふうにこの名護の体験から私は思わざるを得ないのであります。
 一体、日本という国家にとって沖縄というのは何であるのか、そしてこれから沖縄というのは一体何であり続けるのかということを考えざるを得ないのであります。
 幾つか申し上げてまいりましたように、支配の形は変わることはあっても、日本という国家がみずからを生かすためにその都度沖縄を利用していくという基本的な構図は今もって変わっていないわけであります。
 一方で、1995年以降の基地をめぐる県民世論の高まりは特筆すべきものがあります。それをつくり出したものは、あの10・21県民大会の超党派の大きな県民のエネルギーでありました。県民が一つにまとまれば日本政府も、アメリカ政府だって動かざるを得ないということが実証されたと思います。
 もう一つは、大田前知事の署名拒否などのように基地問題に対する不退転の決意を日本国民に示したということであります。つまり、県民が一丸となって断固たる意志を示さなければこのような政治問題は動かないということであります。
 同時にまた、沖縄の基地問題はすぐれて日本の戦後処理の大きな課題でもあるというふうに考えます。我々のこの間の闘いに対して、本土の方は一部知識人を含めて早い段階から安保条約の一方的沖縄への負担や基地の過重負担などに対し、本土ができることは結局金を出すことなどと公言する人もおりました。
 しかし私は、沖縄が問いかけてきたものは、日本の戦争責任、戦後処理とも絡む問題であって、中国の残留孤児問題や慰安婦の問題等々とも共通項を持つ問題であると認識しております。
 そしてそれは、すぐれて人権の問題であり、同時に安保、基地の過重な負担を沖縄だけに押しつけてそれに痛みを感じずに平気でいる日本という国家そのものを問うているんだと考えてまいりました。
 それは、10・21県民大会の決議の中の一文、私たち集会の参加者は、戦後50年たった今日、この沖縄の現実に政府はどのような抜本的解決策を示し得るかということを注視している、そしてそれは戦後政治と日本の民主主義が試されることになるというふうにうたわれているところにもあるわけでございます。
 要するに、沖縄の抱える基地問題は、振興策などと言われるいわゆる銭金で解決できる問題ではないし、またしてはいけないということであります。
 96年の県議会における全会一致の反対決議を行ったときの反対理由は、先ほどの提案者の答弁によっても何ら除去されていないのであります。
 しかるに、なぜに今度は一転して賛成決議か、何が変わったのか。政府の巧妙な沖縄世論の分断と手を変え品を変えして投げ込んでくるいわゆる振興策というものではないかと思うわけです。それによって変えさせられたということ以外には考えられません。

 そして、実際問題は、議会で決議をして稲嶺知事の尻をたたけということでありましょうか。
 私どもは、先ほど述べた沖縄の過去から何を学び、そして今何をなすべきであるかということであります。それは往々にして時には薩摩あるいは日本政府、そしてアメリカと、他の力によって動かされ続けてきた我々沖縄の歴史、その歴史をそうではない方向へ、すなわちもっと自立的にウチナーンチュの立場で自分たちの進むべき歴史の方向は自分たちで決めるという誇りを持つことだと思うわけでありました。いかなる権力にも取り込まれることなく、事大主義と闘うことではないかと思うわけでございます。
 冒頭申し上げました共同通信の伊高論文の、「「何と、お人よしなのだろう」と驚きながらも、事大主義の根深さにがく然とする。」という指摘が深い意味を持ってくる次第であります。
 私は、多くの事件・事故による人命の喪失、また数限りない人権の侵害等の元凶である軍事基地を新たにつくることに県民みずから手をかすべきではないと確信しておりますし、ましてや県議会がそれを行うことは歴史に汚点を残すことになると考えます。
 また、移設候補地とされる地域がいかに混乱をしていくか、それを県議会が助長するようなことは絶対に避けなければなりません。県内移設、すなわち県内に新たな基地をつくるなどというのは壮大な虚構にすぎません。
 移設先とされる地域には必ず激しい反対運動が起こるのは必至です。それらを機動隊を入れて排除してでも基地をつくるというそういうことが実際に考えられますか。
 同僚議員の皆さん、今私たち一人一人の歴史認識とまた見識がまさに問われております。どうぞ、圧倒的多数をもってこの決議案を拒否し、否決していただきますようお願いを申し上げて反対討論を終わります。
 ありがとうございました。(傍聴席にて拍手する者あり)

 
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