平成11年(1999年) 第 6回 沖縄県議会(定例会)
第 2号 9月30日
文化国際局長(金城勝子)
 

 兼城賢次議員の御質問にお答えいたします。
 まず、新資料館での監修委員、専門委員の役割、位置づけがどのようなものか、わかりにくいものがあるので説明願いたいというお尋ねでございます。
 新平和祈念資料館の監修委員は、沖縄県平和祈念資料館(仮称)監修委員会設置要綱に基づき、新平和祈念資料館の展示及び事業活動等の監修をしていただくため沖縄戦の研究者等の専門家に知事が依頼しているものでございます。
 なお、専門委員につきましては同要綱に規定はなく設置はいたしておりません。
 次に、八重山平和祈念館の展示内容について、監修委員の了承も得ず展示内容の変更があったとされるがどうかというお尋ねでございます。
 展示内容に関しては、八重山平和祈念館の監修委員会は平成11年2月に終了いたしておりますが、県としては監修委員会の意見を尊重する立場から展示内容の最終案を5月10日に本島在住の2名の委員に、また5月13日に八重山在住の5名の委員にそれぞれ御報告申し上げました。
 その結果、集団自決の写真パネル、波照間小学校児童慰霊祭の大パネル、戦争マラリア略年表に関しての意見が出されました。
 このことについて、再度監修委員にお諮りするために6月11日に八重山地域の元監修委員に御検討をいただきました。
 その結果、3点の要望事項を初め、展示内容全体にわたって同意が得られたものと理解いたしまして展示業務を完了したものでございます。
 それから、八重山平和祈念館で5月13日に県職員が元監修委員に対し、展示内容を現場で説明する旨を伝え待機させながら、すっぽかしたのはなぜかというお尋ねでございます。
 県職員が去る5月13日に八重山の監修委員の先生方へ報告したことについて説明いたします。
 当日は、担当職員が展示物に関する写真等のコピーにより、これは八重山支庁の会議室で説明を行ったものであります。
 なお、報告の場において担当職員から、八重山平和祈念館において現在展示作業を進めているところでありますので、先生方も現地で実際にごらんになっていただきたいと思います。なお、私はきょう那覇に戻りますが、飛行機の時間まで間があれば現地で一緒に展示作業について確認したいと思いますと発言し、そのことが監修委員の先生方を八重山平和祈念館で待たせることになったとの報告を受けております。
 本人からは、このことが先生方に誤解を与え、失礼なことをしたと心から反省をいたしており、今後かかる行為は絶対に改めるという報告を受けております。
 次に、八重山平和祈念館と新平和祈念資料館は、展示内容のあり方にも整合性を持たせるのかというお尋ねでございます。
 八重山平和祈念館は、「沖縄県平和祈念資料館及び平和の礎の設置及び管理に関する条例」において平和祈念資料館の分館に位置づけられております。
 平和祈念資料館が、沖縄戦を中心に展示しているのに対して、八重山平和祈念館は戦争マラリア関係を中心としておりますが、沖縄戦及び戦争マラリアの実相を正しく伝えることに関しては整合性を図っていく必要があると考えております。
 それから、新資料館の監修委員の了解を得ずに展示業者に制作の変更を指示したのはいつか明確に願います、またいつ取り消したのかというお尋ねでございます。
 展示内容については、県と展示業者の間で検討を積み重ね、その結果を展示案として監修委員にお諮りいたします。
 このような作業を繰り返しながら展示内容を決めていくことになります。したがいまして監修委員の承諾を得ずに展示内容を変更するということはございません。
 それからあと1つ、7月31日にどういう報告をしたかというお尋ねがございましたけれども、当日、資料館の監修委員会に向けての業務の進捗状況について知事の方に報告を申し上げようということでございましたけれども、私は当日、摩文仁の方に別用務で行きましたので、うちの次長と所管課長、その他職員の方が知事の方には御説明を申し上げたということで、帰ってまいりましてから、戻りましてから進捗状況の業務報告は行いましたという報告は受けてございます。
 以上でございます。

 
19990602110060