平成12年(2000年) 第 1回 沖縄県議会(定例会)
第 3号 2月25日
伊波 洋一
 

 結の会を代表して代表質問を行います。
 次年度の県政諸施策については委員会で取り上げ、本日は基地問題を中心に取り上げたいと思います。
 基地アクションプログラムを提案して日米両政府に沖縄の米軍基地の整理縮小と海兵隊の削減、撤退を求め、米軍のアジア10万人駐留体制による沖縄基地の固定化、機能強化を阻止しようとした大田県政から稲嶺県政にかわって1年、在沖米軍基地をめぐる状況は180度も変わろうとしております。
 稲嶺県政は、政府の振興策と引きかえに新たな基地建設を容認し、いやむしろ積極的に推進しているように思えます。振興策つきの撤去可能な海上ヘリ基地というSACO最終合意は、基地の県内移設、固定化に反対する沖縄県民に対する日米両政府の提案でしたが、名護市民投票で名護市民はノーと言ったのです。しかし稲嶺県政は、撤去されては県民の財産にならないと言い、ジェット旅客機も就航できる巨大な新たな基地づくりを逆に提案し実行しております。
 米軍基地を経済の視点でしか見ることができないのは稲嶺県政の不幸であり、沖縄の将来にとって大きな不幸でしかないと思うものであります。
 米軍基地あるがゆえに爆音被害も演習被害も航空機事故も米軍人による凶悪犯罪も事件・事故も起きているという現実を直視しなければなりません。
 沖縄県民は、多くの県民が米軍によって殺され、戦争に負けて捕虜になり、土地を取られ巨大な基地を建設されて27年間の不当な統治をされました。日本復帰後も今日に至るまで憲法より米軍が最優先されているのが沖縄なのであります。
 私たちが日米両政府の言うがままに米軍の駐留を認める限り、沖縄の不幸は続くでありましょう。
 昨年を振り返ると、稲嶺知事が公約をなし崩しにして名護市民投票が否定した日本政府と米軍の合意した海上ヘリ基地を建設することを認める1年だったと言えると思います。
 稲嶺県政が政府シナリオどおりに進めた辺野古沿岸域へのさらに大きな海上米軍基地の建設受け入れは、県内マスコミ紙上でも何名もの学者、研究者が論評を寄せ、読者投書欄には毎日のように意見が載っています。そのほとんどは県内移設に反対していることは、県民の声が県内移設に反対だということであります。
 特に米国の沖縄統治の研究者であり、日米関係の研究者でもある国際政治学者の宮里政玄元琉球大学教授と我部政明琉大教授がたびたび論評を寄せて、稲嶺県政の県内移設容認の決定に強い危機感を訴えていることは重要であります。
 昨年12月、岸本名護市長が辺野古沿岸域への受け入れ表明を行ったとき、宮里政玄元琉球大学教授は、「歴史から学ぶべき本当の「現実」に即し議論を」と題して地元紙に論評を寄せ、1956年に沖縄の4原則軍用地闘争が崩壊していった最大の原因が、今回舞台になっている辺野古地域で同様に経済開発を理由に地料の一括払いで受け入れようとしたことだったと指摘し、過ちを繰り返すなと警鐘を鳴らしています。
 辺野古は、ベトナム戦争で一時的には栄えたかもしれませんが、今日の状況を見ると経済開発が失敗だったことは明らかであります。
 宮里政玄元琉球大学教授の言う歴史から学ぶべき本当の現実とは何でしょうか。沖縄返還前の米軍統治の27年間と日本復帰後の日米安保下の同じく27年間の2つに分けて考えることができます。
 米軍統治下の沖縄は、沖縄戦の最中から環太平洋の主要基地として核兵器や生物・化学兵器なども貯蔵でき、そして出撃も自由にできるような基地を沖縄に建設するプランが進められ、現在の基地が当時の計画によって建設されているわけであります。
 米軍の情報公開によって一昨年から沖縄のことがいろいろと明らかになりつつあります。沖縄にあった毒ガスが最強の神経ガス「サリン」だったことも米国防総省が認めました。復帰直後まで沖縄に約1200発の核弾頭が貯蔵されていたことも明らかになりました。
 ことし1月から青森県の東奥日報が三沢基地も核兵器発信基地だったことについての特集を連載をしておりますが、その中で沖縄からC130輸送機が嘉手納や普天間から三沢に核弾頭を運んでいた、このことが明らかになっております。
 さらに、日本復帰の際に有事の核弾頭の持ち込みを認める秘密協定、さらに米軍による沖縄基地の自由使用の秘密協定、この2つが締結された可能性が高いことが明らかになっています。
 占領によって不当に沖縄住民の土地を接収して建設された米軍基地は、それ自体が国際法に照らしても違法なのであります。日本復帰後は日本国憲法のもとに入りながら、米軍基地だけは憲法より優先するというのが沖縄であります。
 しかし今日、沖縄県民がノーと言えばプエルトリコのビエケス島と同じく私たちは米軍基地を出すことができるわけであります。私たちは、米軍基地をなくす勇気を持とうではありませんか。
 質問に入ります。
 (1)、クリントン米大統領が沖縄は戦略的に重要と2月18日に河野外相に発言したと報じられています。明らかに米軍基地の固定化と強化をねらった発言であり、県民が求める基地の整理縮小とは反する発言であります。
 21世紀中も固定化を図ろうとする今回のクリントン発言に知事として抗議をするべきだと考えますが、知事の見解を伺います。
 (2)、プエルトリコのビエケス島では基地閉鎖問題が住民投票で問われることになりました。知事の見解を求めます。
 (3)、サミットでの歓迎を在沖米軍基地の容認と米国民に受け取られないために基地問題でどのような取り組みを考えていますか。
 次に、沖縄県のホームページ、知事の平和発信について伺います。
 (1)、今月、沖縄県のホームページが全面的に変更されました。変更された沖縄県ホームページでは、これまで一番最初にあった米軍基地問題がなくなり、一番最後18番目の項目として「基地・平和・国際交流」というタイトルになりました。稲嶺県政の米軍基地問題への姿勢を如実にあらわしております。
 その中で米軍基地について載せているのは39の米軍施設の航空写真と年間地料や地主数、基地従業員数、基地の紹介だけであります。英語のページも同様です。県政の重要課題である沖縄の基地問題は一体どこに行ったのですか。
 (2)、青森、神奈川、東京などのホームページを見ればその地域における米軍基地の問題がわかります。しかしなぜ稲嶺県政は、ホームページから沖縄の基地問題や95年10月21日の県民大会に基づいて11月4日に政府に地位協定の変更見直しを求めた要請内容など、基地問題に係る蓄積データをすべてを削除したのでしょうか、お答え願いたいと思います。
 (3)、特に前県政が積み重ねてきた基地問題の取り組みの多くは県民大会や県民投票に基づいた県民の総意としての取り組みだったと考えますが、稲嶺県政にとっては米軍基地問題はないのでしょうか。変更された沖縄県ホームページからわかる沖縄の基地問題の項目を挙げてもらいたいと思います。
 (4)、知事はサミットを平和発信の機会とよく発言していますが、知事の言う平和発信とはどういうことですか。県のホームページから米軍基地問題を削除する、このような中でぜひ明らかにしていただきたいと思います。
 (5)、知事は、地位協定をどのように見直させようとしているのですか、具体的に答えてください。
 海上ヘリ基地と知事の公約について伺います。
 知事は、今定例会の所信表明の冒頭で公約の実現に向けて取り組んできたと述べています。知事の公約の一つは、1997年12月21日の名護市民投票で名護市民が拒否した海上ヘリ基地の建設ではなく、普天間基地の代替施設として陸上部への軍民共用空港の建設を行うことだったと理解していますが、間違いでしょうか。
 知事が1月22日にキャンプ・シュワブ水域内辺野古沿岸域に軍民共用空港の建設候補地とすることを発表したことは、名護市民投票の否定ではないかとの私の前の12月定例会質問に対して、「県としては、政府の海上ヘリポート基本案の見直しを求め、普天間飛行場の代替施設は、民間航空機が就航できる軍民共用空港とし、将来にわたって地域及び県民の財産となり得るものでなければならないことを国に申し入れております。」と知事は答弁しましたが、海上ヘリ基地でも規模を拡大して軍民共用空港にすれば受け入れるということなのですか。

 海上ヘリポート基本案の見直しを求めて新たな海上基地を建設させることは名護市民投票の否定であり、知事公約に反しているのではないですか、明確な答弁を求めます。
 知事の軍民共用空港建設案は極めて危険な提案です。民間空港としてどのように運営するかのプランもなく、民間航空機が就航して採算が合うのかも調査せずに軍民共用空港の建設を進めているのではありませんか。軍民共用空港の運営ができるのか、可能性調査はしたのか、明確に答弁を願いたいと思います。
 知事の提案は、新たな海上基地の機能強化につながる提案ではありませんか。もし辺野古沖へ航空機就航可能な海上基地を建設すれば確実に現在厚木や横田、岩国で行っている空母艦載機による夜間を含む着艦訓練が行われることになるのは目に見えております。
 米軍は、問題になっている艦載機の着艦訓練のすべてを辺野古沖の海上基地で行うことも考えられるのです。知事はそのようなことを懸念しないのですか。
 昨年12月16、17日に名護市で実施された沖縄タイムス、朝日新聞による世論調査では56%が北部に空港は必要ないと回答し、軍民共用空港には59%が反対をしております。新聞紙上でも有識者は多くの懸念を表明しています。名護市民の意思を示している同世論調査についての見解と海上基地の強化につながる軍民共用空港の建設を撤回する考えはないか、伺います。
 15年の使用期限をどう約束させるつもりですか。
 稲嶺県政の基地容認の姿勢は、米国や日本政府に間違ったメッセージを送って沖縄基地の固定化を招き、基地問題の解決を決定的におくらせるのではないか、知事の見解を伺いたいと思います。
 基地使用協定について伺います。
 名護市長は、住民生活に著しい影響を及ぼさないために基地使用協定を国と名護市が締結することを求めていますが、協定の締結で住民生活に著しい影響を及ぼさないことはできると知事は考えるのですか。基地使用協定で生活環境を守れるとする根拠を示してもらいたいと思います。
 1996年3月28日の日米合同委員会で、「嘉手納飛行場及び普天間飛行場における航空機騒音規制措置」が合意されました。合意の内容を明らかにしてもらいたいと思います。これらの規制措置は守られていますか、県の見解を伺います。
 規制措置の「l 普天間基地に配属される、あるいは同飛行場を一時的に使用するすべての航空関係従事者は、周辺地域社会に与える航空機騒音の影響を減少させるために本措置に述べられている必要事項について十分な教育を受け、これを遵守する。」とあるが、そのとおり行われていますか。
 規制措置の「a 進入及び出発経路を含む飛行場の場周経路は、できる限り学校、病院を含む人口稠密地域上空を避けるよう設定する。」とあるが、そのとおり設定され守られていますか。
 規制措置のgでは、22時から午前6時の間の飛行及び地上での活動は制限され、夜間訓練飛行は最小限に制限されるとされていますが、守られていますか。
 嘉手納基地では5000人規模の爆音訴訟が新たに提起され、普天間飛行場周辺では稲嶺県政になって以来、爆音と米軍ヘリの民間住宅地上空の飛行が著しく増加しています。大田県政のときは米軍ヘリは市面積の4分の1を占める普天間飛行場内を主として周回していましたが、現在は学校や病院、住宅地を構わずに飛び回っています。
 規制措置には、航空機の周回経路は「できる限り学校、病院を含む人口稠密地域上空を避けるよう設定する。」とあり、米軍ヘリの飛行経路を含めて規制措置を守らせるべきだと考えますが、知事には米軍に規制措置を守らせる手段はありますか、見解を伺います。
 日米合同委員会の合意である規制措置と知事の言う県と国の基地使用協定は、どちらが米軍にとって拘束力があると考えますか。
 嘉手納基地と普天間基地の日米合意の規制措置を実施させることができないのに、辺野古では基地使用協定で米軍の活動を制約するというのは無責任ではないですか。
 米軍人及び軍属の凶悪犯罪について伺います。
 牧野副知事は、著書「沖縄の自己検証」の中で、「沖縄県警の凶悪犯の統計を見ますと、人口比率で言うと米軍人によっておこされた凶悪犯と県民がおこした凶悪犯の比率は県民の方が高い。だけどそのことに対する反省あるいは糾弾、あるいは治安を守るための運動とか住民総決起大会を開いて、県内の倫理や躾けに関する運動をおこすということは全くない。このことは正常ではないと思います。」と述べています。
 このような誤った認識で県政を運営してもらっては困るので、県知事と県警本部長に質問します。
 県警の統計では、凶悪犯は殺人、強盗、放火、強姦の4つを指しています。
 1995年9月27日の米軍の星条旗新聞は、1989年から94年の6年間の米軍の凶悪犯罪について県内で495人が凶悪犯罪で逮捕され、うち米軍関係者が57人、11.5%だったと報じ、人口比で4.2%にすぎない米軍関係者の凶悪犯罪は3倍多いことを明らかにしました。特に強盗は21.9%で5倍、強姦は15.2%で4倍多いと報じたのです。
 これは沖縄県警の犯罪統計の平成元年から平成6年の統計数値とほぼ一致し、星条旗新聞の報道は沖縄県警の統計資料に基づくもので、基地内での犯罪数はカウントされていないようです。
 県警統計によると、復帰の昭和47年から平成10年に凶悪犯罪で米軍関係者の検挙件数はおよそ520件で、検挙者数662人に及びます。ほぼ同数の県民が犠牲あるいは被害を受けたことになります。
 そこで県警本部長に質問しますが、1995年9月27日の星条旗新聞の報道は県警の統計数値とほぼ一致しますか。平成元年から平成6年までの県内の凶悪犯罪の件数、それぞれの犯罪ごとの米軍関係者の人数と占める比率は何%ですか。
 昭和47年から平成10年までの米軍人の凶悪犯罪の犯罪種類ごとの総数、検挙者数及び県民の被害人数を明らかにしてもらいたい。
 また、昭和47年から平成10年までの全国の米軍の凶悪犯罪件数及び沖縄県内件数に占める比率は幾らですか。
 米軍人は公務従事者であるが、昭和47年から平成10年までに県内で公務員及び自衛隊員が起こした凶悪犯罪件数は何件ですか。
 復帰後も米軍基地あるがゆえの被害を県民は受け続けています。昭和47年から平成10年までに米軍関係者による交通事故は何件起き、何名が死傷しましたか。
 知事に質問します。
 県内の事件・事故に関して県民の方が反省すべきだと考えていますか。それとも牧野副知事とは違う認識を持っていますか。米軍人及び関係者の凶悪犯罪についての見解を伺います。
 オフリミッツ解除後に沖縄市のディスコで起こった米兵による暴行未遂事件に対する県の対応は、電話による申し入れでした。極めて弱腰であり、米兵の綱紀粛正を求める立場で県が取り組んでいるのか疑わしい。米兵による事件について電話で抗議したディスコ事件以前で一番近い事例はいつですか。
 基地の環境浄化対策について。
 米軍基地の環境汚染は不法行為であり、当然汚染した米軍に第一の責任がある。地位協定に言う原状回復義務の免除は、建物や構築物などの撤去義務及び土地の形状の変更の回復などの義務免除の範囲に限るべきであり、環境汚染のような不法行為を二国間の協定で定めることはできないはずです。地位協定を理由とした基地内環境汚染の放置を許してはならないと考えますが、知事の見解を伺います。
 嘉手納基地内での露天掘りPCB入り廃オイル池の政府による調査では、水溶性のPCB不検出ということですが、米軍調査によると土壌が高濃度のPCBを含むことは明らかであり、恩納通信所の例のように高濃度の汚染に対する対策をする必要があります。
 新聞報道によれば、水に溶けないダイオキシンが土壌粒のまま食物連鎖に取り込まれ、魚類に数万倍も蓄積されることが愛媛大農学部の調査で明らかになりました。嘉手納基地も同様な危険があると考えますが、県は政府の調査結果を安全宣言と受けとめるのですか。
 普天間基地周辺への対策について伺います。
 普天間飛行場周辺の防音対策は、防衛施設周辺の生活環境整備等に関する法律の第一種地域として昭和56年7月18日に80WECPNL地域、及び昭和58年9月10日に75WECPNL地域が指定されて現在に至っているが、宜野湾市の一部地域が指定されているにすぎません。

 今日の飛行実態は、20年前の飛行実態に比べて市全域に爆音被害が拡大しており、見過ごすことはできません。知事の進めている県内移設でも8年はかかるとされており、現状を放置されてはなりません。爆音被害の実態を国とともに調査し、防音地域指定を見直すべきと考えますが、知事の見解を伺います。
 普天間基地の周辺では、米軍機の飛行のたびにテレビの画像は乱れ、爆音で音声が聞き取れないなどの障害が毎日幾度となく起こっています。嘉手納基地及び本土の米軍飛行場の周辺では、このような障害を理由にNHK受信料が無料もしくは半額の減額などの措置がなされていますが、なぜ普天間飛行場周辺では障害があるにもかかわらず免除及び軽減措置がなされていないのですか。障害の実態に即して県として政府に他米軍飛行場と同様な措置を講じさせる考えはありませんか。
 教育委員長に伺います。
 今日の学校教育の現状について、2年前の2月定例会でも砂川教育委員長の見解をいただきました。子供の現状について砂川教育委員長は多くの事例を挙げて、子供は未来であり希望であると答弁し、教育の現状を打開する必要性を強調しました。
 しかし、その後の我が国の教育現場は学級崩壊や不登校児童10万人突破などの報道のとおり厳しいものがあります。
 再度砂川教育委員長に伺います。現状を乗り越えるために、県教育委員会はどのような方向性を教育庁に対して指示する考えですか。 
 次に、管理職登用のあり方について伺います。
 県教育庁も人物評価に重きを置く管理職登用制度を再検討したらどうでしょうか、教育長の見解を求めます。
 私は、管理職登用試験について実施後は公開すべきだと提案してきましたが、公開されていません。どのような理由で公開できないのでしょうか。
 不登校児対策について伺います。
 不登校児がどんどんふえております。特に心因性の不登校児の増加には専門的な対応が必要です。学校に行きたくても行けない子供たちのために各市教委等で設置している県内の適応指導教室の強化拡充が必要だと思いますが、実態に即して対応していく考えがありますか。
 また、カウンセリングを専門的に担当する臨床心理士を適応指導教室に配置すべきだと思いますが、見解を求めます。
 答弁によって再質問いたします。

 
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