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平成16年(2004年) 第 1回 沖縄県議会(定例会)
第 8号 2月27日
比嘉 勝秀
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普天間飛行場の移設の問題について今定例会、多くの方々が知事に厳しい御指摘をなさっております。論議も大分深まっておりますけれども、私も再度その問題について質問をさせていただきます。
知事、この問題は歴代の知事も一生懸命汗をかいた問題なんです。西銘知事、大田知事も訪米直訴を何度もやりました。ところがなかなか解決の糸口が見出せない問題だったんです。
〔議長退席、副議長着席〕
これを実は前進させたのは、1995年9月7日に発生した北部の幼女暴行事件、不思議なめぐり合わせでこういった事件がきっかけになってきて実はこの普天間を前進させた経緯がございます。
実は、1995年9月の7日に事件が発生しましたけれども、当時の沖縄県の教育長、知事公室長、そして県警本部長、皆さんがお話をして子供の人権、プライバシーにかかわることですから、これはできるだけ穏便に事を進めようということで2日ばかり何と申しますか、表面化しない時期がございました。当時の大田知事、7日の日に報告を受けておりますけれども、黙っておりました。ところが沖縄タイムス、琉球新報で一挙に表面化をしまして、これを沖縄県議会専門委員会の米軍基地関係特別委員会、これが9月13日にやっと問題を審議するということになりまして、私、当時軍特委員会に所属をいたしておりましたので今でもしっかりと覚えておりますけれども、私は当初、この問題は知事も13日まで動かない。県議会も動こうとしない。これはやはり戦後の沖縄の事件・事故が多過ぎて、ある面、沖縄県議会は惰性的に決議をして東京行動をする。帰ってきて挫折感を感ずる。そしてもう皮膚をつねっても痛みを感じない。ある面、私含めて反省をすべきじゃないかと。これは極めて大切な問題だよということで私は訴えた覚えがございます。
私は、戦後石川で育ちましたので、石川で戦後大きな事件・事故が2つございました。由美子ちゃん事件、1955年です。それから1959年の石川市の宮森小ジェット機墜落事故、2つです。
由美子ちゃん事件は、本当にその当時、私は永山さんという御夫妻をよく存じておりますけれども、あのかわいい由美子ちゃんを失って本当に魂が抜けたあの御夫婦の姿を私は今でも思い出すんです。
ですから、こういったことを含めてこの事件・事故が本土で、東京で、神奈川県で、千葉で、大阪で仮に起こるとすると、翌日はこの地域の知事は総理官邸に乗り込んでいるだろうと、国会で問題にしているだろう。ところが知事が動かぬ、お互いも動かぬということで反省を込めて立ち上がろうじゃないかということで、全部あの当時、玉城義和さんもそうでしたが、宮里政秋さん、それから伊波栄徳さん、石川修さん、白保台一さん、一緒でしたよ。真剣な議論をさせていただきました。あの軍特委員会がスタートを切ったんです。
それでこの問題は、命にかかわる極めて重要な問題でありましたので、知事が早速9月の13日の軍特委員会が終わると同時に上京しまして、翌日、河野外務大臣にお会いする。河野外務大臣から、沖縄県のこの問題に対する取り組みは拙速過ぎぬかと、地位協定の抜本改正やらぬとこれは片づきませんよと。大田知事の申し入れに対して、これも運用改善で十分できると。これはあれだけの事件・事故を起こして、やはり県民のげきりんに触れて普天間の10万人集会に結んでいったと、こういう経緯があるわけであります。
そして、時の総理は自社連立の村山富市総理です。あの方だけは真剣に、この問題を深刻に受けとめていたような感じを持っております。大田知事が官邸に行ったときにまずおわびをしております。申しわけないと。そこで、大田知事がお帰りになってしばらくして村山さんが総理をおやめになる。そして跡を引き継ぐ橋本総理にこの普天間の問題だけはぜひ頼むということで強くお願いをして官邸を跡にするんです。そして橋本総理は、この問題を、これはもう官僚とは相談をしないですね。外務省とか防衛庁、これはもう全然話になりませんよ。自分で決断するんです、政治家として。橋本さんは、時の外務省の田中審議官、今、拉致問題を扱っている田中さん、それから防衛庁の守屋審議官、今の事務次官です。二人だけを呼ぶ。これは日米でやるということで二人を静かにアメリカに派遣する。キャンベル補佐官、そして当時の国防長官、二人に話をしまして、そして日米首脳会談で冒頭でこの普天間の移設を持ち上げてSACOにつながっていったと、こういう経緯があるわけであります。
ちょっと長くなりましたけれども、私はこの問題は命にかかわる問題ですよということを言いたいんです。
石川市で宮森小学校のあのジェット機事故、私、高校の3年でしたけれども、もう本当に生き地獄ですよ。担架で担いで運動場にとまっているヘリコプターに運ぶ作業を我々もやりましたよ。ああいうことは二度とあっちゃいかぬということで、我々は普天間をどうにか移そうと。嘉手納統合とか、岩国とか、北富士とかどっちでもいいんですよ。まずは緊急避難的にこれを移す。そこから始まらぬと話が全然前に進まぬわけでございまして、そこを前提にして稲嶺知事に再度質問させていただきます。
毎日新聞が報じております普天間移設の問題について、知事は、そのときそのときの話で一喜一憂しないと。それでいいと思います。今日まで積み上げてきた作業を考えるときに、まさに知事がコメントするように冷静な判断をすべきだと私もそう思っております。普天間は、しかし本質的に命にかかわる問題であるんです。名護市長が苦渋の選択という言葉を発した裏には、命の問題、子供たちの危険性を感じているから苦渋の選択をしたと思っております。ですから、危険な軍事基地は名護市長は本当は受け入れたくない。ただ、宜野湾市民、周辺で学んでいる学校の子供たちの命を緊急避難的に救いたい、そういうことで市長は、事実であれば喜ばしいと率直にコメントをしております。
そこで質問ですが、知事は、一喜一憂しないとのコメントをする前に、名護市長がコメントしたとおり、この報道が事実であれば喜ばしいというコメントが私はあってしかるべきだと思いますけれども、知事の御所見を賜りたいと思います。
そして、その後どのような対応をなさったのか、これもお聞かせください。
それから、普天間返還問題は日米の高度な政治的な判断が働いて決められた経緯がございます。すなわち官邸主導です。政治主導です。トップダウン方式で決められたという経緯があるわけでございまして、外務省とか防衛庁とかを訪ねて、これを事実無根でしたという程度の確認では、まことにこれは情けない話です。私は、この際、官僚体制下の外務省、防衛庁の話を丸のみにして、はい、そうですかと片づけられる問題じゃない。知事の認識をもう一度聞かせてください。
それから、この問題はひょっとすると日本側からアメリカ側に持ちかけられて、アメリカ側、例えばラムズフェルド国防長官をして日本側に言わしめたと考えても成り立つ問題であります。これは仮定の問題ですから、そうなりますと知事に対する政治不信があるということでございますので、これはもう極めて深刻な問題になるわけでございます。
この際、私は、官僚を相手にするんじゃなくて、大田知事でも何度も官邸を行き帰りをしていましたよ。ですから久しぶり小泉総理と談判したらどうですか。どうなんだと、報道しなくてもいいですよ。そういうことを私はやるべきだと思いますけれども、認識をお聞かせ願いたいと思います。
それから2点目に、都市型訓練施設建設の問題についてでございます。
都市型訓練施設は、安保を認める立場にある私にとっても、危険なものは危険なんです。だめなものはだめだと。土井党首じゃないけれども、だめなものはだめなんです。ですからそういう観点に立ちますと、尊敬する私の先輩でございますけれども、比嘉副知事が恩納村長時代にとられた基地政策のあの進め方というのは、安保を認める村長の立場であっても極めて現実的な解決方法であったと今でも私は誇りにして、これをよその方々に語っているんです。
いまは亡き喜久山盛忠さん、恩納村選出の県議です。私などは1期目のときでございましたけれども、もう朝の5時ごろから村長にたたき起こされて、それで村長が本当に先頭を切ってやっておられたあの当時の姿を思い起こすときに、比嘉副知事に大変な期待を持つのは当然であります。
せんだって宮里政秋先輩と一緒に伊芸の大会に行きましたけれども、比嘉副知事を知っている方々がたくさんおられて、私との仲も知っているもんですから、副知事は恩納村は助けたけれども、金武町は見捨てぬだろうな比嘉議員と、こう非常に素朴な質問ですよね。私は、そういう素朴な質問というものの中に期待があるということをぜひ知っていただきたいと思っております。現存する既設の施設を撤去した実績をお持ちの比嘉副知事、できればこの計画を中止をさせると、沖縄側の知事も表明していることですから、そこをぜひお聞かせ願いたいと思っております。
それからPCBについてです。これはもうゆゆしき問題です。
国内の事業所等で保管されておりますトランス、コンデンサー等のPCB廃棄物の処理につきましては、PCBの適正な処理の推進に関する特別措置法に基づいて環境事業団が処理施設を整備をし、適正に処理することになっておりますことも承知をいたしております。その処理施設についてお伺いをいたします。
そのようなPCB廃棄物処理施設は全国で何カ所ございますか。
それから、その処理施設の概要について教えてください。
それから、県内の事業所で保管をされているトランス、コンデンサー等のPCB廃棄物もその施設で処理をするのかどうか。また、いつごろ処理をする予定であるのか、お聞かせください。
それから、沖縄県はPCBが県内にどのくらいの量があるのか。また、どのような状況下で管理をしているのか、御説明を求めます。それから、米軍、自衛隊の基地内での実態はどう掌握されているのか、これもあわせて御説明を願います。
それから、沖縄県議会米軍基地関係特別委員会において、現在恩納村で問題になっておりますPCBの問題は、私は一地方自治体の恩納村に任せる問題じゃないと思っているんです。この問題は、沖縄県自体がその問題を取り上げて国の責任において科学的かつ専門的に処理をする必要があると私は指摘をいたしております。恩納村当局または国の関係機関とその後どのような対応をされてこられたのか、御説明を願いたいと思っております。
それから、PCBの処理につきましては、決定的に安全でかつ確実に処理をする技術が確立をされていると判断するのは、私の知る範囲ではこれは無理があると思っております。したがいまして、沖縄県の恩納村が──スタッフも持っていませんよ。どの地方自治体もそうですよ──この恩納村が率先して何かこうトップランナーを務めているような感を実は私は持つわけでございますけれども、そこらのことも御説明願いたいと思っております。
それから、恩納村は未来の子供たちのために沖縄新大学院大学の誘致を図るために大切なしかも広大な村有地を無償提供しての積極的な取り組みの結果、村民挙げて行動を起こした結果、誘致の決定にこぎつけた経緯がございます。ところが、このPCBの処理問題が前面に出てきて大学院大学の開学の前提条件になっているかの感を私は率直に受けるわけでございますけれども、PCBと沖縄新大学院大学の誘致との関係についてこの際しっかりと御説明を求めたいと思っております。
それから、全国の提供施設の75%が沖縄県に集中する米軍施設を持っている沖縄県でございます。国とタイアップして基地から生じる環境汚染問題については、今からでも遅くないですから総点検作業を実施をしてやる必要があると私は思っております。県当局の御所見を賜りたいと思っております。
それから、PCBについての知識をほとんどの県民は私は理解をしてないと思っているんです。そこで県民への教宣活動と申しますか、やはり処理はせんといかぬと思っております。ただ時期的な問題です。例えば沖縄電力の役員の方々、また専門の担当の方からも聞きましたけれども、もうすべてクリアしているようです、環境省の承認も得てですね。ところが実施に移せないというんですね。これは地域住民が反対するからじゃなくして、会社自体まだしっかりと自信を持ってゴーのサイン出せないというんですよ、許可は取ったけれども。
こういう状況でございますので、私は県民への教宣活動を徹底して行う必要があると思いますけれども、御所見を賜りたいと思います。
以上です。
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20040108030060