委員会記録・調査報告等
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ワシントン駐在問題調査特別委員会記録
令和7年 第 1 回 定例会
第 10 号
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開会の日時
| 年月日 | 令和7年3月27日 木曜日 |
| 開会 | 午後 1 時 31 分 |
| 散会 | 午後 3 時 10 分 |
場所
第2委員会室
議題
1 参考人からの意見聴取について(ワシントン駐在問題について)
出席委員
委 員 長 座 波 一
副委員長 西 銘 啓史郎
委 員 宮 里 洋 史
委 員 徳 田 将 仁
委 員 新 垣 淑 豊
委 員 仲 里 全 孝
委 員 大 浜 一 郎
委 員 上 原 快 佐
委 員 玉 城 健一郎
委 員 新 垣 光 栄
委 員 仲宗根 悟
委 員 高 橋 真
委 員 比 嘉 瑞 己
委 員 当 山 勝 利
委 員 大 田 守
欠席委員
なし
委員以外で出席または出頭を求めた者の氏名(説明員・参考人・証人)
(参考人)
安慶田 光 男
○座波一委員長 ただいまから、ワシントン駐在問題調査特別委員会を開会いたします。
ワシントン駐在問題についてに係る参考人からの意見聴取についてを議題といたします。
ただいまの議題につきましては、去る3月24日の本委員会において、ワシントン駐在問題について調査を行うため、元副知事の安慶田光男氏を参考人として招致し、発言を求めることを決定したものであります。
参考人におかれましては、本日御多忙のところ御出席いただきまして、誠にありがとうございます。
参考人から発言を求める前に、委員会の調査の進め方について御説明申し上げます。
まず、参考人から御発言をいただいた後、委員から参考人に対し、質疑を行うことにしております。
なお、参考人が発言しようとするときは、あらかじめ委員長の許可を得なければならず、発言は、議題の趣旨の範囲内で行うこととなっております。
また、本日の委員会は参考人の説明を聞く場でありますので、参考人が委員に対して質疑することはできませんので、御承知おきください。
それでは、質疑に入る前に、自己紹介も含め、参考人から一言お願いいたします。
安慶田光男参考人。
○安慶田光男参考人 皆さんこんにちは。安慶田光男でございます。
委員の皆様、お疲れさま、御苦労さまでございます。
まず初めに、私が副知事時代に開設されましたワシントン事務所の件で、県議会や県民をお騒がせしていることに対し、大変申し訳ないと思います。
ワシントン事務所の設置は、平成26年11月の知事選挙で翁長氏が当選し、同じく平成26年12月の第47回衆議院議員総選挙で、翁長知事を支持する候補が1区から4区まで全て勝利しました。その上で、県議会も与党多数でありました。今こそ、沖縄の民意をアメリカ合衆国の市民、国民に伝える時期だと知事は政治的決断をされ、ワシントンに沖縄県事務所を設置する旨を話していました。
しかし、知事からは、事務所設置の手続等については、何の指示も報告もありませんでした。また、部下から具体的な相談や報告も受けていないと記憶しています。それゆえ、当百条委員会調査事項である、1、ワシントンDC株式会社の設立の経緯に関すること、2、ワシントン駐在に係る全ての資金の流れに関すること、3、ワシントン事務所職員のビザ取得に関すること、4、ワシントン駐在員の地方公務員としての身分の取扱いに関すること、5、同問題に係る虚偽公文書作成及び文書偽造に関すること、については副知事時代には何も知りませんでした。私がワシントン事務所設置に関して、法人格のある組織が必要であるとか、その組織が株式会社の必要性があることや、また、法人設立の形態や資金の流れや運用について知ったのは、去年の9月県議会での一般質問で問題になった以降であります。
今にして思えば、設立当時、担当副知事であったのにもかかわらず、ワシントン事務所の手続に関しては何も知らされず、知らなかった自分が一体何だったのだと、非常に悲しく寂しくなりました。
一方で、さきの当百条委員会や県の調査検証委員会の参考人の話で、設立当時の、何の問題意識もなく、違法性の認識もなかったとのことで、当時の知事公室長ですら知らなかったので、あえて私には報告がなかったのかなと自問自答している次第であります。
以上であります。
○座波一委員長 ありがとうございました。
これより参考人に対する質疑を行います。
なお、質疑答弁に当たっては、挙手により委員長の許可を得てから行い、重複することがないよう簡潔にお願いいたします。
質疑時間は参考人の答弁を求めず、1人3分を超えない範囲でお願いいたします。
また、質疑終了の1分前に2回及び終了時に5回それぞれ電子音によりお知らせします。
なお、質疑の時間は、野党、与党、中立の順で交互に行います。
休憩いたします。
(休憩中に、質疑時間の譲渡について確認があった。)
○座波一委員長 再開いたします。
まず初めに、大浜一郎委員。
○大浜一郎委員 安慶田さん、今日はありがとうございます。
先ほどもお聞きしましたけれども、これは知事の肝煎りの事業だったんですよ。それは、沖縄の声を伝えるということで、強い思いをやって、これを立ち上げた。当時は、私から見れば、安慶田氏は、副知事として側近中の側近ですよ。その側近中の側近が何も知らないというのは、どうにも信じられないような気がするんですが、それは本当に、なぜ副知事をパスしてこんな大きな事業ができたのかなと。私はとても不思議なんですよ。
思い出せる限りで構いませんので、ちょっとお答えいただけませんか。
○安慶田光男参考人 私、ワシントン事務所を設置することは、知事から聞いています。だからといって、その事務所設置の手続等について知らないということであります。
○大浜一郎委員 これは日本国内のどこの自治体もやり得ない、物すごく大きな仕事だったというふうに思うんですよ。これは、要するに誰も知らないと言うんですよ、当時の関係者が。これがとても不思議でね。知事と、じゃ、誰が一緒にやったのかと。知事よりつくることも知っているし、許可も得たのも知っている。だけど、誰も知らないと言う、この問題を。9年間もほったらかしにされていた。これ知事だけでできるはずがないんですが、この辺については、副知事として今、当時はこんなことを知事一人でできると思いますか。
○安慶田光男参考人 一人できるものではないと思いますよ。だからといって、誰が携わったかは、私は分かりません。
ただ、正直言ってこれ、後で調べて分かったんですが、ウェブ会議等もやられたらしいですね。そのときに、初めて出たらしいです。私はそのとき参加していなくて、最初から携わっていないものですから、全然分からない状態に置かれて、その後の報告も何もないものですから、私自身がそれを分からなかったというのが本当です。
○大浜一郎委員 そうなんですよ、ウェブ会議で設置の報告があったんですよ。
だけど、それを聞いたという人も誰も覚えていないと言うんですよ。一体これ設置までには、これ報告ですからね、設置までの間に誰がこれをやったのかなと。翁長知事は知っている、やっていることも知っている。でも、誰も知らない。とても不思議なんですよ、この大事業をですね。まず、それでもやっぱり当時の件に関しては思い出せませんか。
○安慶田光男参考人 思い出せるというのを分かっているから思い出すので、全然話も聞いていないものですから、思い出しようにも思い出せないんですよ。
本当に知らなかった。まず、全然知らなかったんです。詳しく知ったのは、ここじゃなくて、県の調査検証委員会が、11日に参考人聴取をすると言ったものですから、それで私はインターネットで初めて詳しく調べて、ネットで調べて初めて分かったというのが現実、本当なんです。だから、誰がやったかは分からない。
ただし、知事がつくるということは聞いていましたから、つくることは事実、知事がやったと思いますから、その手続を、だからどこでやったのか。本庁でやったのか、あるいはワシントンの現地でやったのかも、それも分かりません。
○大浜一郎委員 その結果、非常に複雑で、非常に奇妙な内容で、この9年間ずっと続けてきて、ずっと誰も知らずに誰も語らずに来てしまった。当時、この肝煎り事業に一応、副知事としていた安慶田先輩として、今の状況に至った今の現状、そして今、職員がもがき苦しんでいると思うんですよ、何も知らされずに来たので。その辺について、何か当時の責任者の1人として、今どのような考えをお持ちですか。
○安慶田光男参考人 私は当初でも述べましたように、知らなかったこととはいえ、設立当時の副知事として大変申し訳ないということは申し上げました。
○大浜一郎委員 あと職員に関してですが……。
○安慶田光男参考人 だから職員がどういう状況に置かれているか、私は現状を今知りませんので、それについて申し上げることがちょっとできません。
○大浜一郎委員 この問題が今、非常にもう複雑になってしまって、県議会の中でも重要な問題となってしまっています。
この9年間で約七、八億、10億円近いお金を使ってきたわけですよ。それについては今、どういうふうにお考えですか。
○安慶田光男参考人 設立当時は、先ほど申し上げましたように、沖縄の民意だということで、沖縄県民の民意を直接、アメリカの国民に知らせるいい機会だということで決意したんですが、それが、民意は変動するものですから、歴史を見てもですね。変動して、その価値が問われているというならば、今、百条委員会や県の調査委員会がありますし、それを踏まえた上で、県民代表である皆様方がそれを決めていけばいいんじゃないかと、そう感じています。
○大浜一郎委員 以上です。
○玉城健一郎委員 安慶田さん、お久しぶりです。本当に、お越しいただきありがとうございます。
冒頭の安慶田さんのお話の中で、連絡とかというのも来ていなくて、何も全く分からない状況だったということをお伺いしました。
例えば、副知事在任中なんですけれども、当時、この平成26年から27年、28年と副知事在任されていましたけれども、当時ワシントンが平成27年に設置されるに当たって、その際って安慶田さんは主に仕事としてはどういった仕事の割合が多かったんでしょうか。基地が多かったのか、それともそれ以外のものが多かったのか。
○安慶田光男参考人 設立当時、私が副知事に就任したのは、平成26年の12月だったと思います。平成27年には、今、私が取り組んだのは、正直申し上げまして、その頃はもう辺野古の埋立てをするということで、ボーリング調査を防衛局がやるということで、そこにボーリング調査のために汚濁防止膜を張るということで、それの固定のためにトンブロックを落として、それに固定するんだということで、それで岩礁破砕ということで、私は毎日、日夜それに毎日。それから5月11日から25日までの間、県の潜水船を入れて、サンゴの破砕状況を調べるということで、その作業で私はいっぱいで、知事の訪米の話とか、このワシントン事務所の話はほとんどタッチしていなかったような状況であります。
○玉城健一郎委員 ありがとうございます。
当時、本当に特に基地問題、基地のもの、辺野古の移設というものが非常に政治問題化している状況の中で、なかなか業務というのが多岐にわたって大変だったと思います。その中で、安慶田副知事は、当時の所長だったりとか副所長と直接やり取りする機会というのはありましたか。
○安慶田光男参考人 現地の平安山所長とか、副所長とは直接やり取りするということはほとんどありませんでした。
○玉城健一郎委員 ありがとうございました。
副知事在任中でいいんですけれども、基地問題に限らずですけれども、先ほど、今回ワシントン駐在に関して、事務手続だったりとか、あとは最初の設置の意思決定とか、そういったところが不明になっているということで、今、問題になっているんですけれども。ほかの業務においてでもいいですけど、一般的に言って、事務手続とかそういった細かい話というのは、副知事のほうまで話が行くものなんでしょうか。
○安慶田光男参考人 私はあまり行政の経験がないので、そのことはあまり分かりませんが、私に来なかったことは事実です。
○玉城健一郎委員 最後になりますけれども、翁長雄志さんの腹心として、本当に県政の、当時非常に尽力された方だと思っています。その中で、今ワシントン駐在というものの在り方というのが、やはり見直しというものも考えないといけない、どういったふうに運営していくのかということも考えないといけないという状況になっていますけれども、安慶田さん自身として、このワシントン駐在の在り方はどのようにお考えでしょうか。
○安慶田光男参考人 私は、まず今日は参考人として呼ばれているわけですから、私の意見を述べるのは適当ではないと思うんですが、これは正直申し上げまして、この百条委員会や、あるいは県の調査検証委員会の結果を踏まえて、県民代表である県議会の皆様方、県知事が、これからの方向性を定めていくべきではないかと、私はそう思います。
○玉城健一郎委員 終わります、ありがとうございます。
○座波一委員長 高橋真委員。
○高橋真委員 ワシントン駐在に関わる参考人への質疑をさせていただきます。最初に御多用の中、委員会へ出席をいただきまして委員の1人として感謝を申し上げます。
安慶田元副知事にとっても約10年以上過去のこととなりますので、振り返って思い出す意味でも、本日こちらにいらっしゃる前に、沖縄県側から何かしらブリーフィングを受けたのか、お伺いいたします。
○安慶田光男参考人 沖縄県には接触もしていませんし、電話の1本もありません。
○高橋真委員 分かりました。
では、訪米当時でありますけれど、訪米やワシントン事務所を設置するなど、当時の翁長知事の思いをどのように受け止めていらっしゃったんでしょうか、お伺いいたします。
○安慶田光男参考人 冒頭述べましたように、そのときは選挙で知事選も勝利して、衆議院の1区、2区、3区、4区も勝利したと。そして県議会も、翁長知事を支持する与党多数だったので、沖縄県の民意だと。翁長知事は今が最高のチャンスだということで、ワシントンに事務所を構えるという話をしたことがあります。
以上です。
○高橋真委員 では、当然副知事として、ワシントンに事務所を設置できるのは可能だと考えましたか、お伺いいたします。
○安慶田光男参考人 私は法律専門家でもありません。難しいことは分かりませんが、外国に構えるというのがどういうものか分かりませんでしたので、ただ東京に事務所を構える、大阪に事務所を構えるというぐらいの簡単なものだろうなというふうにしか理解していませんでした。
○高橋真委員 設置できるという根拠についてではありますが、安慶田さん御自身、米国に当てとか、また人脈のつてがあって、この翁長知事の公約政策を支えられるとお考えになったことはあるんでしょうか、お伺いいたします。
○座波一委員長 休憩いたします。
(休憩中に、安慶田参考人から質疑内容について確認があった。)
○座波一委員長 再開いたします。
安慶田光男参考人。
○安慶田光男参考人 申し訳ありませんが、私はアメリカの人脈も知人も知りませんので、ほとんど、そういうあれはありません。
○高橋真委員 では、訪米をされたことはありますか、お伺いいたします。
そして、ワシントン事務所に行かれたことはありますか、お伺いいたします。
○安慶田光男参考人 ワシントン事務所には行ったこともありません。訪米というか、南米は行ったんですが、アメリカに行ったことはございません。
○高橋真委員 では、在任期間中の駐在職員を激励するなど、接触をしたことはありますか、お伺いいたします。
○安慶田光男参考人 ですから、私が先ほども申し上げましたように、その当時は、辺野古の岩礁破砕の件で私の日常の業務でしたので、ワシントンの駐在員とかのやり取りは、ほとんど知事が直接やっていたんじゃないかと私は思います。私がやったことはありません。
○高橋真委員 では、平安山初代所長等は、沖縄に帰ってきたときにも接触はなかったということですか、お伺いいたします。
○安慶田光男参考人 県庁で会ったかは知りませんけれど、具体的に覚えるほどの話合いをしたとか、あるいは、こういう打合せをしたというふうな記憶はありません。
○高橋真委員 では、今回のワシントン駐在委託事業の中で、委託をしているワシントンコア社という存在はどのように知りましたか、お伺いいたします。
○安慶田光男参考人 ワシントンコア社は委託料の支払い先だということで、予算のときに委託先だということで知りました。
○高橋真委員 では、そのワシントンコア社とは直接連絡を取ったり、やり取りをすることというのはあったんでしょうか、お伺いいたします。
○安慶田光男参考人 ありません。
○高橋真委員 では、この沖縄の思いを直接米国に伝えるため、この翁長知事の政策を支えるため、どの範囲でこのワシントン事務所に関して、ワシントン駐在支援事業に関して職務を担っていましたか、お伺いいたします。
○座波一委員長 休憩いたします。
(休憩中に、高橋委員の質疑内容について確認があった。)
○座波一委員長 再開いたします。
安慶田光男参考人。
○安慶田光男参考人 休憩中に申し上げましたように、私はそのときの担当副知事であるのは間違いありませんから、担っていたのは担っていたんですが、先ほど言ったように、このワシントン事務所の設置手続に関わる業務は知らなかったというのが事実であります。
○高橋真委員 では、その職務として担っていたわけでありますが、行政手続上、決裁をしたことはありますか、お伺いいたします。
○安慶田光男参考人 ないと思います。
○高橋真委員 その報告も含めて、ワシントン駐在に関する手続や様々な決裁というのに関わったことはないんでしょうか、再度確認です。
○座波一委員長 休憩いたします。
(休憩中に、安慶田参考人から質疑内容について確認があった。)
○座波一委員長 再開いたします。
○安慶田光男参考人 私はこの駐在員の事務所設置手続についての報告や、あるいは、その指示はしたこともございません。
○高橋真委員 基本的なことをお伺いいたします。
DCオフィス社、今問題となっている法人の存在はいつ知りましたか。
○安慶田光男参考人 私は、このDC社ができたとか、あるいは株式会社にする必要があるとかいうのを知ったのは、平成27年の9月、県議会の一般質問で問題になった以降であります。平成27年の一般質問の後であります。
それで、その後知って、詳しくはインターネット情報で――これは2月14日に新聞で、県の調査検証委員会が元副知事を呼んで参考人として意見を聞くということだったものですから。何も分かりませんでしたので、インターネット情報を調べると――ここにありますが、このインターネットで2月15日の、私はインターネットを調べて、そのときに知りました。
○座波一委員長 ちょっと休憩いたします。
(休憩中に、委員長から平成27年と答弁した内容について確認があり、令和7年の間違いである旨答弁の訂正があったが、これも令和6年の錯誤であると考えられる。)
○座波一委員長 再開いたします。
○高橋真委員 では、法人設立を知り得る立場であられましたか、お伺いいたします。
○安慶田光男参考人 先ほど言っているように、担当副知事ですから、知り得る立場ではあったんですが、それが当時の職員も何の問題意識もなく、違法性も感じていないので、報告も何もないので知らなかったというのが事実です。
○高橋真委員 では、今その事実を受け止めてどのようにお感じですか、お伺いいたします。
○安慶田光男参考人 先ほど申し上げましたように、ですから当時の副知事として知らなかったこととはいえ、県議会、県民に対してお騒がせしているのは申し訳ないということであり、今後どうするかということが、これは皆様方が、県民代表が決めていく話だというふうに申し上げます。
○高橋真委員 行政手続上、重大な過失とは思いませんか、お伺いいたします。
○安慶田光男参考人 私は行政の手続上あまり分かりませんが、これは今、皆様方、当百条委員会と県の検証委員会がありますから、その結果を見守りたいと思います。
○高橋真委員 では、その法人設立について、意思決定が必要だったと知ったのはいつですか、お伺いいたします。
○安慶田光男参考人 それも、私が法人が必要であると知ったのは、要するに令和7年2月のインターネット情報で知りました。
○高橋真委員 角度を変えます。今、委託事業費の中から、委託先から資金の流れとDC社を含めて、再委託の契約、資金の流れが複雑で不適切だと感じております。どなたがこのスキームを指示してつくったんでしょうか。御存じでしたら教えてください。
○安慶田光男参考人 私は先ほど言いましたけれども、資金の流れ、あるいは運用についても何も聞かされてもいなかったし、知りませんでしたので、それがいつ、どの時点でどういう会議で意思決定されたというのも知りません。
○高橋真委員 どのように責任を感じておりますか。
○安慶田光男参考人 ですから、先ほどから言いますように、今、県民と県議会を騒がせていることに対しては申し訳ないと思っております。
○座波一委員長 徳田将仁委員。
○徳田将仁委員 安慶田さん、本日は御出席ありがとうございます。
徳田と申します。どうぞよろしくお願いします。
まず初めに、この翁長知事から当時、事務所設立に当たって、事前に安慶田副知事に対して相談はあったのかどうかお願いします。
○安慶田光男参考人 今がワシントンに事務所を出す時期だという相談はあって、そういうことをしたいという話はありました。
○徳田将仁委員 それはいつ頃ですか。
○安慶田光男参考人 私が副知事になって間もない頃だったと、私は覚えています。
○徳田将仁委員 安慶田さんが知っている限りでよろしいんですが、ワシントン事務所設立の文書だったり、翁長知事の意思決定文書というのは当時ございましたか。
○安慶田光男参考人 大変申し訳ないんですが、私は正直言って、この設立業務に関して、本当に全然知らなかったものですから、この文書があるかないかということも知らないし、誰が決裁を出したかも知りませんでした。
ただ、今回出席するためにいろいろ勉強させていただいて、なるほどこういうのがあったんだなというのが分かった次第であります。
○徳田将仁委員 誰が決裁をするかというのは知事だと思うんですけど、その認識はありますか。
○安慶田光男参考人 ワシントン事務所をつくる、つくらないという決裁は、当然これ、知事の政治的判断ですから、これは知事がやると思いますよ。だからといって、事務所の手続をどうしたこうしたというのは、これは私は知事がやったかは分かりません。知事がやったかどうか分かりませんし、こんな細かいことを知事が実際やるかどうかというのも、私はなかったんじゃないかと思いますがね。誰がやったかも、それを本当に聞いていないから分からないんですよ。
○徳田将仁委員 FARA登録というのが、FARA登録。質問を変えます。
ワシントン事務所の法人化が報告され、先ほどからウェブ会議というのが5月1日に行われているんですけれど、その内容は安慶田さんに対して共有されていなかったという今、発言をもらったんですけれど、安慶田さんから見て、ワシントン事務所の本庁内の事務手続も含めて、指揮を執っていたのはどなたのように見えましたか、当時。
○安慶田光男参考人 それは具体的には分かりませんけれど、私はもう常に知事公室長か統括監としかそんな話はしませんので、誰が具体的に担当していたかというのは分かりませんね、正直言って。
○徳田将仁委員 このワシントン事務所関係で、当時、部下である町田公室長であったり、謝花公室長も後々は部下になっていますので。謝花公室長は部下になっていないですか。
じゃ、町田さんの場合、何かしらのこの指示のやり取りというのは、少しでもありましたか。
○安慶田光男参考人 正直言って、ワシントン事務所のその手続――事務所の手続事項に関しては、法人化とか、そういうものは、知事公室長とも話したこともないし、知事公室長からも聞いたこともないと思います。
○徳田将仁委員 法人関係、そういう手続関係以外で、何かしらの相談はありましたか。
○安慶田光男参考人 ワシントン事務所の手続とか、法人関係以外ですか。それは日常業務でしたら、あったと思いますよ。
○徳田将仁委員 ワシントン事務所の関係の中でお願いします。
○安慶田光男参考人 ワシントン事務所の関係では、私は正直言って、あの時期は最初から言っているように、岩礁破砕の問題をほとんどやっていたものですから、ワシントン事務所とか、あるいは知事の訪米については、ほとんどタッチしていません。
○徳田将仁委員 ワシントン事務所の費用対効果をどうお考えですか。
○安慶田光男参考人 私は、これは私が今答えるべき数字の問題ではないんじゃないかと思いますが、正直言って、答えきれるだけの能力はありません。
○徳田将仁委員 これまでの聴取の中で、ワシントン駐在員は、ワシントンに行ったら株式会社の社長とか副社長とかという認識は全くないと。あくまでも我々は、県の職員だと言っていたんですよ。おっしゃっていたんですけれど、安慶田さんは、この駐在職員の身分をどういうふうに認識していましたか。
○安慶田光男参考人 私も、先ほど申し上げましたが、ワシントン事務所は、東京事務所や大阪事務所みたいに、当然、要するに県の職員が行って、そこで活動して活躍しているものだと考えておりました。当時ですよ。
○徳田将仁委員 これまで、参考人の方々を聴取した中で、駐在職員というのは決裁権を私たちは持っていないんだと。サインは、あくまでもこの上司の判断がなければできないとおっしゃっていたんですけれど、それは事実ですか。
○安慶田光男参考人 私は、決裁権があったかなかったかすら分かりませんし、ただ、総務部がどういう位置づけで、知事公室の中には位置づけてあったんですが、それがどこまでの決裁権を有しているかという、こういう行政の仕組みは、正直言って僕は、行政は副知事になって初めて経験するものですから、正直言って分かりません。
○徳田将仁委員 では、安慶田さんに対してサインの指示だったり、この文書を読んで、これはいいよって、ゴーサインとかはしたことないということですか。
○安慶田光男参考人 はい、ありません。
○徳田将仁委員 ワシントン駐在の任務であった米軍基地問題に関わる情報収集、情報発信というのがやっぱりメインだったと思うんですけれど、でも近年では、県人会の交流とか、県産品の販路拡大など、附属的な業務がちょっとメインになってきていると思うんですよ。一旦立ち止まって、やはり事務所の目的、存在の整理が必要ではないかと我々は感じているんですが、今。安慶田さん自体はどう感じますか。
○安慶田光男参考人 これは、私が先ほど申し上げましたけれども、これは沖縄県民の民意という形で私たちはつくったつもりですが、今、これだけ問題になっていて、いろんな違法性なども指摘されているようでございますので、そこら辺は、県民代表である県議会の皆様方、県を代表する知事がよく会議をされて、御相談されて決めていくべきだと考えております。
○徳田将仁委員 以上です。
○新垣光栄委員 安慶田先輩、今日は忙しい中お越しいただきどうもありがとうございます。
それでは、質疑をさせていただきます。よろしくお願いいたします。
今回、調査項目のほうで、先ほど安慶田先輩が申していたワシントン事務所の株式会社の経緯、そして資金の流れ、職員のビザの取得、そして公務員としての身分、そして文書偽造等々に関して、調査事項がそのように今ある中で、先ほど答えていただいたように、全く関知していないし、分からなかったということですけれども、そういった中で、このワシントン、当時ですね、ワシントン事務所の重要性はあったということで申し上げていました。そういった中で、また辺野古の問題とかで忙殺されていて、ワシントン事務所のほうはもう担当がしっかりやっていたということをお聞きしましたけれども、その中で、職員の皆さんが副知事の下に、どのような認識であったと思われるでしょうか。
どういうふうな活動の中で、どういった認識の中で活動していたか、お聞かせいただきたいと思います。
○安慶田光男参考人 これ職員の認識ですから、私が分かりません。
○新垣光栄委員 ちょっと表現を変えますと、やはり重要性があって、翁長知事が副知事と一緒に方向性を出していったと思うんですけれども、その重要性というのは、当時どのように感じていますか。そのワシントン事務所の重要性というのですね。
○座波一委員長 休憩いたします。
(休憩中に、安慶田参考人から質疑内容について確認があった。)
○座波一委員長 再開いたします。
安慶田光男参考人。
○安慶田光男参考人 私は先ほど申し上げましたように、当時はそういう民意だということで、知事が、それをワシントン事務所を持つということだったので、私も一緒になって知事を支持した1人として一緒にやりました。
○新垣光栄委員 そういった中で、今に至っているんですけれども、そして今、さらに今この日米関係、事件・事故等があって厳しい状況であります。そういった中で、今ワシントン事務所の重要性というのは、安慶田さん、どういうふうにお感じでしょう。
○安慶田光男参考人 ワシントン事務所の重要性というのは、今2つの面があると思うんですね。その重要性があったとしても、手続に瑕疵があってどうのこうのと言って騒いでいる時期に、私がその時期に、今後どうすべきだ、ああしてほしい、あるいはどういう価値があるというふうに、軽々に話すべきではないと先ほどから申し上げていますように、これは県議である皆様方と、それを知事がお決めになっていただく問題だと考えております。
○新垣光栄委員 ありがとうございます。
○座波一委員長 大田守委員。
○大田守委員 お疲れさまです。今回、当時の翁長知事の副知事として、浦崎唯昭副知事と安慶田副知事と2人いらっしゃいますよね。2人の職務分担の担当はどういった形になっておりましたか。
○安慶田光男参考人 正直に言って、職務分担がどうなっていたかということは僕はっきりは分かりませんが、これは私の担当であったことは間違いありません。
○大田守委員 基地関係が主体にやっていたということなんだと思うんですけれども、そうであれば今回、このワシントン事務所は、当時辺野古基地の主にそのために米側との意見交換、もしくは意見を言うためにつくられたんじゃないかと思うんですが、その点いかがでしょうか。
○安慶田光男参考人 辺野古基地の話だけではなくて、沖縄県の――例えば国土の0.6%の中に70%の軍事米軍施設があるという、この状況を言ったり、そして沖縄の現状と民意を示すということが最大のチャンスだということで、翁長知事は決断したと思います。
○大田守委員 安慶田参考人は、当時の翁長市長の時代から、多分、腹心的な動きでやってきたと思うんですけれども、そうであれば、この知事選挙に対しまして、このワシントン事務所は、そのときの政策の一つとして設置の提案をされたんでしょうか。
○安慶田光男参考人 はっきり分かりませんけれど、政策だったのか、その後に設置を聞いたのか分かりませんけれど、ワシントン事務所をやるということは、後で聞きました。
○大田守委員 じゃ、選挙期間中はその話は聞いていないということでよろしいんでしょうか。
○安慶田光男参考人 はっきり覚えていません。
政治公約だったかどうかも、それは分かりませんので、正直言って。私が聞いたのは正直言って、私が副知事になってから、こういうことで、今4月か5月からワシントン事務所をつくりたいと、そういうことは、はっきり聞きました。選挙期間中に知事が申し上げたかどうかということは、分かりません。
○大田守委員 そうであれば、このワシントン事務所をやはりアメリカに――沖縄県知事は全国の中でも数少ない外交ができる知事だと私は思っております。そういった面では、このワシントン事務所とは相当大きな、やはり存在意義があったと思うんですよね。その存在意義の中で、どういった形で決裁されたのか。もし基地担当であれば、決裁権者の中にいると思うんですね、起案者と、そして決裁。最終的に知事でしょうけれども、そのときの文書とか、それは覚えておりますか。
○安慶田光男参考人 ですから先ほど申し上げましたように、ワシントンの事務所、この設置手続について、私はもうウェブ会議室、たまたまそのとき私は県庁で勤務ではなくて、ちょっと宮古島へ行ってたものですから、ちょうど参加してなくて、それがきっかけで分かる機会を失ったんだろうなと思うんですが、それ以外の話は聞いたこともなかった。
ですから誰が決裁したのか、これ稟議書が回ってきたというのは、私のところにはありません。
○座波一委員長 休憩いたします。
(休憩中に、大田委員から年間1億円にもなる稟議書が回ってきたはずだが、覚えていないのかとの質問があった。)
○座波一委員長 再開いたします。
安慶田光男参考人。
○安慶田光男参考人 委託料ということで予算でされていますから、その使途について一々決裁が回ってきたということには、私は覚えていません。
委託料ということで予算のときにもう、議会の承認をいただいて、それを予算を執行しているわけですから、その支出について具体的に回ってきたという記憶はありません。
○座波一委員長 休憩いたします。
(休憩中に、大田委員から再度、答弁内容について確認があった。)
○座波一委員長 再開いたします。
安慶田光男参考人。
〇安慶田光男参考人 はい、回ってきたという記憶はありませんね。
○大田守委員 じゃ、その年のウェブ会議のほうに、安慶田参考人はいらっしゃらないんですけれども、当時のもう一人の副知事、浦崎唯昭さんが参加されたと思うんですけれども、その点は御存じでしょうか。
そして、報告はあったんでしょうか。
〇安慶田光男参考人 浦崎副知事が参加したかどうかというのは、私は分かりません。自分自身が出ていませんから、誰々が出たかも分かりませんし……。
○大田守委員 浦崎副知事が確かに参加されているみたいなんですよね。
そうであれば、やはり安慶田参考人の代理として副知事として参加されているはずなんです。そうであれば、代理でもって参加していますから、後で報告があると。私たちはそうじゃないと、やっぱりちょっとおかしいんじゃないかと思うんですけれども、その報告の記憶もないんですか。
○安慶田光男参考人 代理として参加したのか、あるいは副知事として参加したのかも分かりませんから、それは、私は、どういう意味で参加したのかが分かりませんので、浦崎さんが参加したことも分かりません。
だから、多分、私がいなかったから参加したのか、あるいはまた、初めてのウェブ会議だから副知事は全部出るべきだったけれど、私はたまたま本庁ではなくて宮古島にいたから出れなかったということだと私は理解しているんです。
○大田守委員 これですね、行政の在り方としてそういった在り方というのは、ちょっとまず私は行政として考えられないと思うんですよ。やはりそういったのは、しっかりと報告があってしかるべきだと思っていますし、報告がなければ、これ完全に行政として失墜だと思うんですよね。
そういったものを含めて、当時の知事を含めて、副知事含めて執行部の皆さん方は、これワシントン問題に関しまして、ほとんど議論されたことはないんでしょうか。
○安慶田光男参考人 ですから、私先ほども申し上げましたけれども、職員も当時の関係者職員も、設立当時、何らこういう問題があるとか、あるいは手続上、落ち度があるというふうな認識がなかったということですから、そのことで結局、私たちに会議をしようとか話合いをしようという話合いはありませんでした。
○大田守委員 最後になると思うんですけれども、そのときに、山里駐在員のほうが沖縄に帰ってきたときに、自分たちの身分がしっかりやっていなかったと。これはやっぱり改革べきではないかという形で、口頭で言ったらしいんですが、そういったお話合いも安慶田さんのほうには来ていない。回ってきていますか。
○安慶田光男参考人 私が聞いたこともありませんでした。
○座波一委員長 新垣淑豊委員。
○新垣淑豊委員 今日はどうもありがとうございます。
幾つかあります。まず、先ほどから当時は、職員の中もこういうも問題になっていないんじゃないかということで、物事が進んでいったというふうに言われていますけれども。その当時は、いわゆる翁長知事誕生、そして衆議院の選挙がありまして、例えばこの反辺野古ということであれば、ある程度のことはもうオーケーだというような雰囲気が庁内にあったのかということについて、教えていただきたいです。
○座波一委員長 休憩いたします。
(休憩中に、安慶田参考人から質問の趣旨が理解できない旨の発言があり、新垣委員から補足説明があった。)
○座波一委員長 再開いたします。
安慶田光男参考人。
○安慶田光男参考人 これは政治的判断ですから、ワシントン事務所をつくるということは。多分この行政マンが、法律にのっとって仕事をする方々ですから、行政マンがそういう感覚ではなかったと思いますよ。本当に知らなかったんじゃないかなという、今思えばですよ、そう思うので……。
ただ、翁長知事が何でもよければ、はい、もう基地反対だからオーケーというような雰囲気で、行政の方々が仕事をしているというふうには思いませんでした。
○新垣淑豊委員 要はこれは伝えるためであれば、何とかしなければならないということで、これは多分苦肉の策で出てきたというような認識でよろしいんでしょうか。
○安慶田光男参考人 それは正直言って分かりません。
話も聞いたことありませんから……。
○新垣淑豊委員 先ほど来言うように、公務員は基本的に法律にのっとった動きをするはずなんです。
だけれどもここで、こういった今状況になっているということは、やはりここは私は何かしらの政治判断があったんじゃないかと。政治的なものが、これをやれということを当時話があったんじゃないかという恐れがあると思っております。
そういった話は、例えばその知事、副知事、そのほか幹部職員の中で、こういった話というのはなかったのかどうかいうことについて、何か覚えていることがあれば……。
○安慶田光男参考人 ですから先ほど言っていますように、事務所の手続論について、私は1度も会議にも参加したことないし話も聞いたことないものですから、そういうふうな手法であったのかどうかというのも分かりませんし、また公務員がそういう手法を分かっていて、うんと言うことはないと思いますので、職員としても。その辺を含めて本当に私は、会議に参加していないから分からなかったという答弁にしかなりません。
○新垣淑豊委員 すみません、この事務所の設置について、新外交イニシアティブという団体がありまして……。
ここの女性弁護士の方が、当時の2018年ぐらいの雑誌の中で、私が提案したいうことをお話しされているんですね。そのことについて何か聞いたことありますか。
○安慶田光男参考人 私はこの弁護士という人にも、会ったこともないんです、本当に。ですから分かりません。
今、初めて話してこの会社の名前すら初めて聞いて、そのあったのかどうかというのも今分かりませんでした。
○新垣淑豊委員 そうであれば、参考人は副知事を退任した後も、このワシントン事務所の事業に対しては、直接なり間接的な何か関わりを持ったことはないということでよろしいですか。
○安慶田光男参考人 私は副知事をやめてからは、翁長知事の在職中も、一度も県庁にも来たこともなかったし、話もしたこともなかったし。それからまた、そういう翁長知事とすら話もしたことはないという状態であります。
○新垣淑豊委員 このワシントン事務所というのは、大きな、当時の翁長知事の取組一つだったと思うんですけれども、例えばこういったものに関して、庁内での報告体制というのは、当時どういう形で上げられていたのか。
直接、部長から、もしくは担当の公室長から上げられていたのか。それとも、当時の副知事を通して上げられていたのか。こういった報告体制というのはどういう形だったのかを教えていただけませんか。
○安慶田光男参考人 これは正直言って、この事件によるんじゃないですか。報告すべき事項によるんじゃないですか。
例えば部長決裁なのか、あるいは知事決裁なのか、副知事決裁なのかで、副知事まで上がってこなければ、部長決裁だったら上がりませんし。ですからそれは、どの問題について今おっしゃっているか分かりませんが、個別によっては違ったルートで上がってくると思います。
○新垣淑豊委員 最後になりますけれども、例えば、知事から何か指示を与えるときに、例えば直接、部長、もしくはそれ以下の職員の方々にお話が行くことがあったのか。それがされたときに、その後に、例えば副知事との情報共有というものはされていたのかということについて教えてください。
○安慶田光男参考人 知事から直接、部長か統括監にあったかどうかは分かりませんが、知事が分かっておれば、あえて副知事がそれを了解することもないし、知事が了解であれば、それだから、私にそういう具体的な話は、そういう段取りの中ではなかったと思います。
ただ、私から知事に行くということはあったとしても、逆に知事から、トップダウンに来るのは、政策的なものなどはあったかもしれませんが、部長に言って命令させて、あるいは統括監にさせて、それを私に知事がこうだったよという相談はありませんでした。
○新垣淑豊委員 ありがとうございます。
○座波一委員長 比嘉瑞己委員。
○比嘉瑞己委員 よろしくお願いします。御無沙汰しております。
安慶田さんの大きい声を聞いてうれしくなります。
先ほどから、当時、担当副知事ではあったけれども、問題になっていたということは知らなかったということでした。
今お話もあったと思うんですけれども、やっぱりこの法人化という手続、大変大きな事柄で、もし、これ公文書でしっかりと決裁を担当副知事に回ってきたら認識することができたと思うんですよね。この公文書での意思決定や決裁をした覚えがあるのか、いま一度確認させてください。
○安慶田光男参考人 ですから、公文書も見たことありませんし、この文書そのものも、そういうのがあったかどうかも分からない状態なんです。
○比嘉瑞己委員 安慶田さんは翁長知事の右腕として、ずっと活躍されていました。翁長知事が、今となってはもうお亡くなりになりましたが、この会社設立の手続にもし課題があるとしたら、安慶田さんに相談もしたかと思うんです。
翁長知事から相談を受けたことはありますか、手続について。
○安慶田光男参考人 正直申し上げまして、ワシントン事務所を設置したいということは言いましたが、その具体的な手続をどうする、こうすると。あるいは、アメリカでこういう問題があるとかないとか、そういう話は全くありませんでした。
○比嘉瑞己委員 当時の翁長さんが知事就任して、ワシントン事務所にかける思いというのはお聞きいたしました。
ワシントン事務所、ゼロからスタートして、少しずつでありますけれども、体制を整えていきました。その間に知事の訪米等もあったわけですけれども、当時、安慶田さんも知事と一緒に政府と厳しく対峙していたと思います。お話を聞くと、やっぱり政府も、知事の訪米に対してはなかなか協力も得られなかったというふうに聞いています。このワシントン事務所が2年目、3年目になるにつれて、翁長知事がどういう思いをワシントン事務所にかけていたのか、その後の話があれば教えてください。
○安慶田光男参考人 正直申し上げまして、私はこのワシントン事務所に関しては、翁長知事とは、設立するという話をしたことだけで、それ以外、1年目、2年目でも、ワシントン事務所については、ほとんど話していないんです。私が専らしたのは、辺野古の埋立の岩礁破砕の、その調査の一貫を、指揮を取って、潜水調査とか、あるいはそういうのをしていたものですから、ワシントン事務所はほとんど知事が進めているもので、あえて私に報告するようなものはありませんでした。
○比嘉瑞己委員 ありがとうございました。終わります。
○座波一委員長 仲里全孝委員。
○仲里全孝委員 安慶田光男元副知事、お疲れさまでございます。
安慶田元副知事、この登記簿を見たことありますか。
2015年、翁長知事と初代平安山所長が、マスコミを通してテレビから報道されておりました。これから自由に沖縄県は政治活動できますということ。これ見たことありますか。
○安慶田光男参考人 いいえ、ありません。
○仲里全孝委員 安慶田元副知事、我々も、そうは言っているんですけれども、この登記簿が、果たして沖縄県のものなのかどうか確認が取れないんですよ。これまで今日、安慶田元副知事の意見を聞いてみると、ほとんど把握はしていない。それでよろしいですか。
○安慶田光男参考人 ですから、今さっき申し上げましたように当時、これ仮定の話になるので申し訳ないんですが、当時そういうことが分かっておれば、そういうことはやったんでしょうけれど……。
今、現在言われているように、手続上問題であるとか、あるいはいろいろあるという場合を、現状を見ると、それは当時その時点で、その問題が分かっておれば、これは解決していかなきゃならない問題だと思います。
○仲里全孝委員 事務所の存在はいつ知ったんですか。
先ほど翁長知事からの話で知りましたとありましたけれども、事務所の存在、アメリカに事務所があるねということの存在は、いつ知ったんですか。
○安慶田光男参考人 それは翁長知事が、私が副知事になって当初、平成27年度の5月頃に、ワシントンに事務所を持つということで、平安山氏を所長にしたいという話までは、本人が決めてきたということまでは分かっていましたから、事務所があるという、あるだろうということは思っていました、もうその時点から。
ただ、よく見てみると、4月何日かに、今日、参考人の意見たちをみんな見せてもらったら、4月何日にオープンしたということでありますので、私が知ったのは、もうあるだろうと思っていて、具体的にいつオープンしたとか、いつ登録したというのは分かりませんでした。
○仲里全孝委員 安慶田さん、今でも当時の書類がないんですよ。意思決定もないんですよ。これ沖縄県の事務所というふうに、安慶田元副知事は沖縄県の事務所と思いますか。
○安慶田光男参考人 今までは、私たちは沖縄県の事務所だと思ってきたわけですが、こうして問題になっているということでありますから、これは今、県民代表である皆様方が十分議論をされて、正すところは正して、間違いを直すのに恥をすることもない、時期も遅くもないですから、正すところは正して、これからの存続や、あるいはこれから廃止するか、存続するかも含めて、県議会の皆様方が決めていければいいと私は思います。
○仲里全孝委員 この事務所、県の許可なく設立されたとするならば、これは違法と思いますか。
○安慶田光男参考人 法律的なものは分かりませんが、あまりいいことではないと思います。
○仲里全孝委員 この事務所で公務員が政治活動を現在も行っているんですよ。その件につきましては、どう思いますか。
○安慶田光男参考人 ですから、それは私たちは、政治活動を行っているかどうかということも分かりませんでしたし、また、今行っているかどうかも分かりませんので何とも言えませんが、当時は、私の認識は、副知事時代の認識は、当然、県庁職員で、先ほど申し上げました東京事務所の職員と同じような身分扱いだというふうに理解しておりました。
○仲里全孝委員 安慶田元副知事、この事業の取組は、翁長元知事が取り組んだと思いますか。
○安慶田光男参考人 ワシントンに事務所を持ちたいというのは、これは翁長知事の政治決断でありました。
○仲里全孝委員 先ほど、翁長知事が設立するという話は聞きましたよね。
○安慶田光男参考人 ワシントンに沖縄の事務所をつくりたいということは、はっきり言っていました。政治決断をしたと。そういうことであります。
○仲里全孝委員 翁長前知事が設置した事務所と思いますか。
○安慶田光男参考人 私が当時、今までこの問題になっているという、こういう登記問題、あるいは株式会社の問題、あるいは登録の問題、あるいは資金運用の問題などが、問題になっていると知ってからは、あれ、ちょっと疑問には感じているんですが、それまでは別に、本当に問題意識も、違法の認識もなかったものですから、つくったものだと思っていました。
○仲里全孝委員 それでちょっと確認させてほしいんですけれども、翁長前知事が設置した事務所と思いますか。
○安慶田光男参考人 ちょっと意味が分からない。どういうふうに……。
○座波一委員長 休憩いたします。
(休憩中に、仲里委員及び委員長から質疑内容について説明があった。)
○座波一委員長 再開いたします。
安慶田光男参考人。
○安慶田光男参考人 ですから、私は設置したいという意向を聞きまして、具体的にどう設置したのか、どういう手続を取ったのか、これは分かりません、本当の話、分かりません。
○仲里全孝委員 その後、2年間の間で、アメリカの設立の事務所の話がありましたか。
○安慶田光男参考人 私が在職中は2年ぐらいでしたから、当初、ワシントン事務所のお話はありましたが、その後に設立の話は、私は一度も聞いたことがありません。
○座波一委員長 休憩いたします。
(休憩中に、仲里委員から再度質疑内容について説明があった。)
○座波一委員長 再開いたします。
仲里全孝委員。
○仲里全孝委員 安慶田前副知事、翁長知事から、この2か年の間で、この事務所を設置したという経緯の話も一切なかったということですか。
○安慶田光男参考人 はい、そのとおりであります。
○仲里全孝委員 以上です。
○座波一委員長 当山勝利委員。
○当山勝利委員 御無沙汰しております。よろしくお願いします。
今のやり取りを聞いた上で、ちょっと質疑させていただきたいんですが、直接、知事が副知事を通さないで、直接この業務を指示してさせるというようなことはあるんでしょうか。
○安慶田光男参考人 それは私ははっきり分かりませんが、事によってはあるかもしれませんし、また、普通は決裁をして、順序よくやりますから、それが行政のあるべき姿だと思いますから、それははっきり分かりません。
○当山勝利委員 分かりました。
ちょっと全然、話が変わるんですけれども、このワシントン駐在が予算化されて、設置されて、議会でもいろいろな議論を、本当に与野党からされています。
そのやり取りは、副知事時代、覚えていらっしゃいますか。
○安慶田光男参考人 副知事時代ですか。
○当山勝利委員 はい。
○安慶田光男参考人 このやり取りをあった、どういうやり取りがあったかも本当は覚えていません、正直言って……。
○当山勝利委員 議事録確認すると、安慶田副知事時代に、安慶田参考人が答弁されたことは一切ないんですよ、ワシントン駐在に関しては。
知事公室か、本当に知事が答弁されているんですね。だから、それからすると今の話というのはすごく御答弁いただいているのは、納得できることで、ほかのことで答弁されていますよ、いろんなこと答弁されています。辺野古のこととか答弁されているんですけれども、これは答弁されていないものですから、本当に安慶田参考人は全くそれは御存じなかったというのは理解はできるんですが、そういうすみ分けというか、業務分担であったというふうに理解していいんでしょうか。
○安慶田光男参考人 業務分担というよりも、答弁数とか、あるいは答弁書を作る場合には、大体担当者がつくってきて、誰が答弁するというのは割り振りしてきますから、中身を一番よく知っている人がやってくるものですから、そういうふうに分担して、ワシントンはここだ、岩礁破砕はここだというふうな分担はなかったと思いますよ。
○当山勝利委員 分かりました。
以上です。終わります。
○座波一委員長 宮里洋史委員。
○宮里洋史委員 安慶田参考人、本日はお時間いただきありがとうございます。
宮里です。
ワシントン事務所の質問に入る前に当時の状況、副知事としての職務の状況から確認させてください。よろしくお願いいたします。
当時、様々な大きな選挙があって、全て勝ってというところの大きな民意を感じている、相当厳しい状況の中で副知事を担っていたと思います。先ほど、答えられていた岩礁破砕等、本当に官房長官のやり取りもよくテレビで拝見させていただきました。その部分は、辺野古問題に対する本丸の部分だったと思います。そのとき、たくさんの高官とやり取りしたと思いますし、翁長知事の腹心としてのどういった思いで取り組んでいたかお聞きしたいと思います。
○安慶田光男参考人 ちょっと、この議題とは少し変わるんじゃ……。
○座波一委員長 休憩いたします。
(休憩中に、宮里委員から質疑内容について説明があった。)
○座波一委員長 再開いたします。
安慶田光男参考人。
○安慶田光男参考人 直接は課題ではありませんが、せっかくの御質問ですからやりますが、当然、私たちは翁長知事を前面に押し上げて選挙で戦ってきたわけですから、それなりの指示をし、それなりに一緒に沖縄県のため頑張っていこうという決意でやりました。
○座波一委員長 休憩いたします。
(休憩中に、宮里委員から質疑内容について説明があった。)
○座波一委員長 再開いたします。
宮里洋史委員。
○宮里洋史委員 なので、その大変な職務に対して、やっぱり把握されて業務を行っていたということですか。
○安慶田光男参考人 あんまり理解が難しいんですが、はい、そうでしょうね。
○宮里洋史委員 その中で、本当に政治的に大変なことをやる、もう一方、担当のワシントン事業はありました。あれは県民に相当期待されている事業ということで、ある一方、花形に見える事業だったかと思いますけれども、その事業に対してどのような思いで当時いましたか。
○安慶田光男参考人 ワシントン事務所の設置は、ですから、もう何度も申し上げている翁長知事の本当に肝煎りでやったものですから、翁長知事がそうしたいという政治的判断だったものですから、私たちが意見を述べるというよりも、そうですかということで一緒にやりました。
○座波一委員長 休憩いたします。
(休憩中に、宮里委員から質疑内容について再度確認があった。)
○座波一委員長 再開いたします。
安慶田光男参考人。
○安慶田光男参考人 ワシントン事務所については、ワシントンに行って、要するに事務所を持って、それなりに沖縄の民意を伝える一つの方法だというふうに理解しておりました。
○宮里洋史委員 ここがすごく難しくて、さきの質問の中で岩礁破砕に取り組んで大変だったとお話しされていて、もちろん政府高官と会っていて、すばらしい政治力があると思うんです。その中で、ワシントン事業に対して、知事の肝煎りで期待されている事業に対して、知事公室長とか統括監から、今こういった人に会いましたよ、こういう連絡していますよとかという報告は受けていいなかったんですか。
○安慶田光男参考人 受けていません。
○宮里洋史委員 それでは、下地幹郎代議士や、当時玉城デニー代議士が一緒に訪米したということも把握されていないということなんですか。
○安慶田光男参考人 正直言って私は、本当に具体的に分かりません。
誰々が行ったのかも分かりませんでしたし、この間、これを見ると、もうオール沖縄のメンバーも行ったんだとか何とか書いてありましたので、それでそういうメンバーになったんだというのが本音でした。だから、下地幹郎代議士が行かれたのか、後で新聞で読んだかもしれませんけれど、そのぐらいの記憶しかありませんでした。
○宮里洋史委員 やはりそこが、我々がなかなか腹落ちしない部分でございます。
先ほど副知事として、宮古に行った、島ぐるみ会議をつくったとか、岩礁破砕の件だったりとか、様々なお話されておりますけれども、このワシントン事業は職員ではできないんですよ、職員の域を超えているんですね。その中で、ウェブ会議の中、下地代議士とか玉城デニー代議士とかという話がある中で、このスキームは政治家でしかつくれないです。
私は、私たちは、政治力がある人しか触れないことだと思っているんです。安慶田副知事、相当、当時、政治力あると思う。今もあると思います、政治力。
様々なことに関わっている。職員を超えたこのスキームづくり、誰がやったと思いますか。
○安慶田光男参考人 委員長、少し問題がずれていませんか。
○座波一委員長 休憩いたします。
(休憩中に、委員長から質疑に関連する旨の説明があった。)
○座波一委員長 再開いたします。
安慶田光男参考人。
○安慶田光男参考人 ワシントン事務所をつくろうというのは、当然知事がやって、その担当が、要するに知事公室のところですから、それはそれなりにやっていっていると思います。スキームを作るというのは、そういうことで……。
○宮里洋史委員 これだけの内容を職員が判断することはできないというお話なんですね。その中で統括監も知事公室もあまり分からないみたいな話の中で、担当副知事が全く分からなかったというのを理解するのはどうしたらいいんですかね。
○安慶田光男参考人 それはあなたの理解ですから、あなたなりに理解していただきたいと思います。
○宮里洋史委員 分かりました。
以上です。
○座波一委員長 上原快佐委員。
○上原快佐委員 御無沙汰しております。お疲れさまです。
今、この質疑を聞いている中でもそうですけれども、私どもが調査事項で挙げました1番から5番までありますけれども、例えば設立の経緯とか、文書偽造の疑いとかありますけれども、そこら辺の事務的な手続に関してであったりだとか、決裁であったりだとかというのは、今の質疑の中でもほとんど知らなかったということですけれども。ただ1点、この質疑の中で設立については翁長知事から説明、相談があったということですけれども。ワシントン事務所設立について、その相談を受けたときに――例えば、安慶田副知事から、これについて、もちろん知事肝煎りの政策なので、知事がやりたいと言えばもちろん支えますという答えにはなるかと思いますけれども、ただ本来であれば、これは外交に係るので外務省が所管じゃないかと、そういう意見もあるじゃないですか。そういった例えば、その設立に関して翁長知事とどういったやり取りがあったのかというのを覚えていれば教えていただきたいんですけれど。
○安慶田光男参考人 私が知恵がなかったので分かりませんが、翁長知事がワシントンに事務所をつくりたいという話をしたときに、いやこれは難しいんじゃないかとか、ああいう会話もしたことなかったし。分かりました、そうですかということで納得したというだけの話です。
○上原快佐委員 先ほども質疑の中でありましたけれども、様々な諸課題が沖縄にあるという現実があって、それが民意に反映された形で選挙結果になっているわけですけれども、そのワシントン事務所設立に当たって、なぜ設立が必要だったのかというのを改めて答弁いただけますか。
○安慶田光男参考人 たしか、今の質問は、私がつくりたいと言い出したのではありませんので、知事がつくりたいと言ったから、ああそうですかと。
ではなぜつくりたいかと言ったら、そういう時期だからということで知事が言ったので、私がつくりたいと言ったものではありませんので、なぜこれをつくる気持ちになったかというのは、知事の気持ちですから、分かりません。
○上原快佐委員 分かりました。
以上です。
○座波一委員長 西銘啓史郎委員。
○西銘啓史郎委員 安慶田参考人、よろしくお願いします。
先ほど来、政治決断という言葉が出ていました。まさしく翁長元知事の政治決断で事務所ができたと思っております。先ほど来、出ていますけれども、当時の知事公室長や統括監はみんな県の職員ですよね。ですから翁長知事の政治決断を補佐できるのは、私も安慶田さん、当時の副知事しかいなかったと思っているんですね。その中で相談がなかったということに対しては、私ども、うんとは思うんですけれども、先ほど来、お話しているんで相談がなかったんだろうと思いますが、ワシントン事務所の設置目的というものは、翁長さんに聞かなきゃ分からないと言いましたけれど、安慶田副知事は当時、何のために設置するというふうにお思いでしたか。この目的は何だったと思いますか。
○安慶田光男参考人 私自身が、ワシントン事務所の設置目的を考えたことはなかったんですが、知事が――要するにワシントン事務所は、今言っているように、沖縄の選挙、いろんな選挙で勝って、県議会も与党だったものですから、今が直接、沖縄県民の民意をアメリカ国民に知らすチャンスだと。その手段の一つとして、ワシントンに沖縄の事務所をつくりたいと言ったから、私はそうですかということで納得したということです。
○西銘啓史郎委員 その究極的なゴールというのは、私は恐らく辺野古に基地を造らせないと、辺野古の基地を断念させるというふうに翁長知事の当時の思いがあったんではないかと思いますが、その辺は当時の副知事として振り返ってどのように思いますか。
○安慶田光男参考人 辺野古の新基地というものは、埋立てする辺野古の新基地であって、SACOでいう――要するに嘉手納以南を撤去するというものに関しては、我々は当時から反対したことはありません。
ですから、SACO合意は認めると、安保条約も認めると。だけど、辺野古の海を埋め立てて新しく基地を造ることは反対だということでありましたので、それだけが決して、そのワシントン事務所の目的だったとは思いません。
○西銘啓史郎委員 その手段として、先ほど事務所の設置に携わった方が初代の所長、副所長だったりすると思うんですけれども、その方たちの参考人招致で聞くと、副所長は、平安山さんは副知事や知事とも直接電話ができるし、いろんなことを話していたと思いますと。しかも、その株式を発行することも、副所長から所長経由で知事にも必ず報告をしてくださいという話があったんですが、それも全く聞いていないということでよろしいでしょうか。株式会社をつくるということ。
○安慶田光男参考人 私も事務局からいただいて、当時のあれを読ませていただいたんですが、知事や副知事に毎日電話したと言っているんですけれど、私には電話はありません。知事とはやったかもしれませんが、私に対して平安山さんが電話したということは記憶にございません。
○西銘啓史郎委員 当時、半年に1回、B1ビザなので帰ってきたと聞いていますし、そのときに当時の謝花公室長なんかは、面談する時間があったと言っていましたけれども、そのときにも副知事は入っていないということでよろしいですか。
○安慶田光男参考人 入っていたかもしれませんが、そんな話、入っていたかどうかも分かりません、正直言って。知りませんが、そういう話をするような重要な話ではなかったと思いますよ。ただ帰ってきたから、そうかという挨拶ぐらいだったと思います。ワシントン事務所に関しては、そういう程度の私は何ていうかな、職務というのか、触り方しかしていませんでしたので、正直言って……。
○西銘啓史郎委員 あと、いろんな整理をすると、まずは県庁内の手続の問題、地方自治法上、地方公務員法上、この問題と、片方では米国内のいろんな手続、FARA登録だったり、ビザの申請だったり、私はこれに虚偽があるんじゃないかと思っているわけですね。
これは副知事に聞いても答弁できないと思うんですけれども、要は、そういったことを含めて、今度、検証委員会が明日、報告を出すんですけれども、私たちもこれは非常にどの方向になるか全く分かりませんけれども、副知事として、参考人招致には行かれなかったですよね。理由は、公開ではなかったからということですけれども。その検証委員会なるものは、どのように見ていらっしゃいますか。役割と、明日最終的には出ると思うんですけれども、提言報告書が。
○安慶田光男参考人 県が、行政の機関がつくった知事の諮問機関としてつくられたわけですから、それなりの調査なりに結論を出してくるもんだというふうに考えております。
○西銘啓史郎委員 もう限られた時間なのであまり質問はできませんけれども。安慶田参考人、やはり私は先ほど来、うちの委員からありましたけれども、政治的な影響力を持っていた安慶田参考人が、このことに関わっていなかったというのは、私は逆に翁長さんは、本当にそうだったのかなというのは不思議でしようがありません。しかし、もう関わっていないといったら、もうこれ以上、私たちは確認のしようがないんですけども、これから私たちも百条委員会、それから検証委員会のあれを含めながら、この方向、どうするか議論していきますけれども、ぜひ、いろんな意味で、これからも逆に県の職員も含めて、支える立場にあるかどうかは分かりませんけれど、どのように最終的に思うのか、最後に一言ください。今の現状と、これからについての、先ほど来、答弁をもらっていますが……。
○安慶田光男参考人 ですから、冒頭に申し上げましたように、設立当時の担当副知事として、知らなかったこととはいえ、今、県議会でこれだけ問題になって、これだけの問題が指摘されて。あるいは、明日、調査検証委員会が発表されるということですけれど、こういうふうに県民を騒がせたことに対しては大変申し訳ない。ただ、これがどういう結果が出るかは、そしてどうするかは、今後のワシントン事務所に関しまして、現在、民意を代表した県議会議員の皆様方、知事でありますから、その皆さま方がお話をして、議論をされて決めていければ、それでいいんじゃないかと私は考えております。
○西銘啓史郎委員 ありがとうございました。
以上です。
○仲宗根悟委員 安慶田さん、よろしくお願いします。
設立当時の、私は2期目の6年目を迎えていた頃かなと思うんですね。その頃は、与党の座長、野党から引き続き最大会派にいましたので、そこの会派長を務めていましたから座長でした。そのときに、翁長知事から、私たちもワシントンに事務所を設置したいというようなことが、相談といいましょうか、お知らせがありました。そのときには、やはり沖縄の基地から派生する諸問題、いろんな犯罪率とか、婦女子の暴行だとかいろんな事件があると。こういった問題をじかにアメリカに直接伝えるためのできること、その事務所を設置するんだと。この目的に立つと、日本政府もなかなか言っても伝わらないところがじかにできるんだというところは、非常に期待が大きくて、これから基地問題の少しでも解決につなげていけたらなという思いで、私たちは受け止めていたんですね。
そのことで、当時の副知事でもいらっしゃる安慶田さんも、きっとそういう思いだったと思うんですよね。設置に関して、いろんな方々からお話を伺うんですが、どうも設置に関しては当時、翁長知事の訪米と重なって、いろいろと多忙を極めていたんだというようなお話でした。初代所長のその平安山さんを充てたんですが、安慶田さんに関して、その初代平安山さんというのをどのように評価をして、どのような人物だというような認識をしていらっしゃったのか、お聞きしたいんですが……。
○安慶田光男参考人 正直申し上げまして、私は平安山さんという方を個人的にも知りませんし、アメリカ領事館に務めておられたというだけで、どういう評価というのは私はできません。
○仲宗根悟委員 その当時の公室長も、平安山さんも多忙を極めていて、委託先、受託するコア社が取り仕切って、その書類にサインしてくださいということで、もう絶対信用の中で相手方を信用してサインしたというようなお話をされていたんです。その報告も、逐一、皆さん方へ送ったというようなお話をされているんですが、それについても一切御存じないとおっしゃるんでしょうか。
○安慶田光男参考人 私に対する平安山さんからの連絡というのは、私の秘書にショートメールが入りまして、その中にあるのは日程程度のもので、どこどこの誰々に会ったということで、いついつというこのぐらいのもので、ショートメールでありますが、これ秘書の、私はガラケーですから入れませんが、秘書のあれに入ってきて、秘書がそれをプリントアウトして見せて、そうかということで流した程度ですから、そんなに契約したとかしなかったとか、中身に触れたような連絡ではありませんでした。
○仲宗根悟委員 秘書のほうに伝わってきて、見た程度とおっしゃっているんですが、これが現地で働いている方々というのが非常に苦労されていて、片や県庁側ではこういう扱いかというような、述べている元副所長もいらっしゃいました。そのことを指しているのかなと思うんですが、その辺のところはどうでしょうか。
○安慶田光男参考人 私は直接聞いていませんから、それについてはコメントすることはできません。
○仲宗根悟委員 分かりました。
以上です。
○座波一委員長 以上で、安慶田光男参考人に対する質疑を終結いたします。
この際、参考人に対し、委員会を代表して一言御礼を申し上げます。
本日はお忙しい中にもかかわらず、長時間にわたり御出席いただき心から感謝申し上げます。
安慶田参考人、本日はありがとうございました。
休憩いたします。
(休憩中に、参考人が退席した後、今後の委員会日程について、協議を行った。)
○座波一委員長 再開いたします。
以上で、予定の議題は終了しました。
委員の皆さん、大変御苦労さまでした。
本日の委員会は、これをもって散会いたします。
沖縄県議会委員会条例第27条第1項の規定によりここに署名する。
委員長 座 波 一